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山住神社を訪問しました

遠山郷を南に山越えしたところが水窪の里です。そこに山住神社があります。狼のお姿をした大神さまを祀ったとても立派な神社です。

遠山郷は南北朝の時代、北の大鹿村に陣取った宗良親王に通じて南朝方につき、南の遠州の豪族たちと連絡を密にしていました。昔から、遠山郷と水窪の間には人の交流があります。

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氏子もしっかりしているようで、神官が日中は常駐されています。

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山住神社の拝殿です。

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樹齢1500年の立派な杉のご神木が2本立っています。1500年経っているの木の勢いがとても強いそうです。

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確かに葉が若々しいエネルギーを発しています。

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神社から水窪市街に下る道の途中に布滝というきれいな滝があります。

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昔は難路をたくさんの善男善女が越えていったようです。

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ここから北の水窪ダムまで雄大な林道が続いています。そこに観光施設、カモシカと森の体験館があります。このあたりも朝夕は道沿いによく動物が出てきます。今回も鹿、猿、タヌキ、リスと遭遇しました。

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立派なバードウォッチングの施設もあります。

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ここはもう遠州ですが、山の感じが信州とは違うのです。とても広々としているのです。

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水窪ダムです。これは岩を積み上げて作ったロックフィルダムです。

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ダム湖に沈んだ昔の集落の地図がありました。昔はここに森林鉄道がとおっていたことがわかります。

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ダム建設で亡くなった方々の立派な慰霊碑が建っていました。

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そのさらに奥、地頭方にこんな道標が建っていました。鎌倉時代、地頭は鎌倉にいて、現地には地頭方がいました。その跡なのかもしれません。遠山郷には鎌倉姓の人がたくさんいます。おそらくは鎌倉幕府につかえた家人の末裔だと思います。

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ここに来るまでの道すがら、兵越峠の道に石が大事に祀られていました。

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コメント

遠山郷はほんとうにパワーがあって歴史があってすごいですね。うらやましいです。

北海道にいると私などはインディアンを駆逐したアメリカ人はこういうものかなとど恐縮してしまうほど、開拓の歴史しかありません。

ルーツを探るというかこのような探求の余地がたくさんあるということは観光立郷 ?をめざす上でたいへん有利なポイントですね。

しかし、我が下川町も勝るとも劣らない自然がありますので
11月の遠山学校で得たヒントをもとにこれかいろいろ試行錯誤していきたいと思います。遠山学校に参加したおかげで
このような記事を見てもものすごーく親近感が湧いてイメージがしっかりしてきます。

ありがとうございました。

投稿: トマト | 2010年12月 3日 (金) 21時21分

トマトさん、こんにちは。いつもありがとうございます。わたし、むかし、北海道の炭鉱のゴーストタウンを訪れたことがあります。まだ人の気配がのこっているようでびっくりしました。北海道もこれからどんどん歴史が積み重なっていきます。自然も雄大ですし、いくらでもやり方があると思います。どうぞいろいろと試していかれてください。遠山郷を見ていても感じますが、地道な努力の積み重ねが本物の実力に変わっていきます。日々向上心を持って続けていくこと、これが肝心ですね。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年12月 4日 (土) 07時49分

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