大晦日
こんばんは
大晦日であります
無事に遠山さんち一家は年がこせそうです
本年はありがとうございました
また明日からもどうぞよろしくおねがいいたします
外は静かですが、12時近くなるとお寺の鐘が聞こえてくると思います。
そうしたらみんなでお参りに行く予定です
そうして家のお菜
こんばんは
大晦日であります
無事に遠山さんち一家は年がこせそうです
本年はありがとうございました
また明日からもどうぞよろしくおねがいいたします
外は静かですが、12時近くなるとお寺の鐘が聞こえてくると思います。
そうしたらみんなでお参りに行く予定です
そうして家のお菜
雪がふりふりしました。
一時ボタン雪でしたが、町中はつもらっこやみました。
松飾を玄関にして神棚の注連縄の鯛を家族でよりました。
家の松飾は一応の松竹梅と紅白南天、対のおやす。
ばっちりです
みなさんのところはお菜を食べますかな
私はこの年とりのお菜が大好物で炊き立てのご飯といただくのを
心待ちにしておりますです
お母さんたちが、ことことと煮込んで仕込んでおります
お菜はお盆とお年とりの年2回
それぞれ中の野菜が決まっております
このころはろくな文章もかけず申し訳ありません。
家族が帰省したり、大掃除の残りを片つけたり
お正月を迎える準備をしたり
ばたばたと。
みなさんもばたばたとしておりますでしょうか?
消防団が年末の火災予防にカランカランをならして回っている音が
あー年末だ
と思います
今日は餅つきをしました
お供えのお餅と食べるやつ
キビと白、丸と四角
蒸かす時のなんともいえないもち米の香りが好きです。
そうして夜は雷に雨で嵐のようでした
雨はまだぽちょぽちょと降っています
気温が低ければこれは雪だったんだろうなあ
年末、雪マークの天気予報でしたがどうかな。
ワイノです。2010年も後4日ですか?今年もいよいよ終ろうとしています。
さて、先週クリスマスの12/25に旧木沢小学校の大掃除を地元の衆と藤原学校スタッフから小田原市在住の藤尾さんとオイラの2人で実行しました。大掃除の模様はリンクに貼ってあるブログ「雑記帳・・・普通の生活」か「信州遠山郷の杣師・・・田舎おやじの雑記」ご覧下さい。
しかし今年も何回遠山へ訪れたことでしょう。。多分20回以上は来てるかも・・・
3月から遠山藤原学校のスタッフになってスタッフらしき事は何もしてないようで実は藤原学校のない日に同じスタッフの小田原在住の藤尾さんと2人で農園の作業やってたりしました。
昨日も鹿の被害対策に一緒にトンネルシート貼りまたしたし。。。藤尾さん最近は藤原学校以外にもよく遠山郷へお越しになられます。もしかしたら移住かな?
まあそんなこんなで今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。3月から遠山藤原学校始まります。またスタッフとして毎月でもないか。。。4月は富士五湖のウルトラマラソン112km走るので欠席しますがそれ以外はなるべく参加という事で…
月曜日。
おーさぶい
冬の星空がきれいなのは空気が澄んでいるからだと思っていましたが
それだけじゃなくて星たちも一等星が多くて輝きがあるのだとか
私はオリオン座くらいしかわかりませんが
星をみるにも最適の遠山です
ただ、寒いこと!
なんと今日も雪がふりふり
白い遠山です
いかがお過ごしですか?
こたつでぬくぬくしたいですね。
土曜日
もういくつねるーとお正月
28日には餅つきをします
29日には餅をつきません
9がつくので苦だということで正月の買い物や餅つきなどをしない家が多くあります
風邪をひかないようにしっかり治めて年をこしたいです
23日祝日。
風が強いなあ
北の親戚のところから鮭が泳いできました
日本の西と東ではぶりと鮭でわかれるそうな。
大昔は遠山はさんまだか、さばだったか、だそうな。
今の遠山はぶりの家と鮭の家とあるようです
ところで家は折衷?で、ぶりも鮭も食べますです。
お年とりやお正月の料理や慣わしもそれぞれお所で面白いですね
かぼちゃ
食べましたか?
ゆず湯入りましたか?
冬至。
一年のうちで夜がもっとも長い日
遠山さんちもかぼちゃの煮たのとゆず湯であったかく過ごしました。
かぼちゃの煮たの。あれにくるみぬたもこれまたおいし。
今日は雨がぽちょぽちょ。
雪にはなりません。
21日
年末のお買い物に
今日は販売車がきました
何のことかわかりますか?
山奥とかのなかなか出かけられない衆のために地元商店さんや海辺の方から魚屋さんやらが
車に商品をたくさんつんでやってくる、の車です。
遠くからでもわかるように、それぞれお決まりの曲を流しながらの登場です
その曲を聴きつけて家々から袋(お財布)をさげてでてくるおじいちゃおばあちゃの姿が
また、いとしです。
今朝やっぱり冷えて
水溜りも凍っておりました。
私の小学生のころは校庭に手作りスケートリンクがあって
遠山っ子はみんなスケート靴をもっていました。
スピードスケートの靴の子とフィギアスケートのことそれぞれさまざまで
確か学校から注文票が来て買った気がします
私はフィギア派。
靴の特性が生かされるわけではなく
ただただ滑って楽しむというものです。
現在はつくれんわなー、、、。
5年生はスケートリンクの施設に行ってという行事もありましたが
一時施設の閉鎖が相次いだとき県内のスケート場もなくなりました。
それでスケート教室の行事もなくなったと聞きましたが
流れが変わっていまどきはどうずらか、、、。
そんな氷の思い出
yuponです。
連投ならびに自分のブログと同じ内容の記事にて失礼します。
私事ですが、12月16日より、十数年続けてやっている冬季の郵便配達請負業務が始まりました。
3月の中旬まで約3ヶ月 、時間を切り売りしてお金に換える生活の始まり・・・
休みは日曜のみ。正月前後は2週間くらい休日なしで配達です。
くれぐれも事故(車の事故&誤配達)のないように自分に気合をいれつつ、黙々と淡々とこなしていきたい。(毎シーズン始まりがあり終わりがある仕事だからなんとか集中して仕事が出来る。入社から定年まで延々と切れ目なく郵便を配ることのできる郵便の正社員というのは、僕にとってはオソルベキ異人種だ。)
基本的に朝から行って午後2時ー3時ころには終わる仕事なので、印刷の自営の仕事は並行してこなせるし、やりくりしたらいろいろやりたいことはこなせるのですが、泊まりで遠出というのができなくなる、この点のみしばらくガマンです。
心配なのは、請負期間中に中東あたり(もしくは日本近海)でドンパチ始まってガソリンが目茶高騰すること・・・3ヶ月で約700リッター使うので、いつぞやのように高騰するとかなり痛い。まあ、いつも入れてるスタンドで400リッター分だけチケットは購入済みなので、そのスタンドが倒産しないことを祈りつつ・・・です。
郵便の仕事、と軽んずるなかれ。
この十数年の郵便の稼ぎ分≒自宅の建物2棟の材料費 なんだからね。
受け持ち区間は北安曇の超豪雪の中山間地域。配達区域は毎年変わってないけど、人の名前など年々忘却が激しくなり、道順組み立てに多少手間取っております。覚えるのは遅いが忘れるのは早い!!
昨日は配達区域は本格的な積雪。車のハラが雪面をこすって雪煙をあげるくらいに積もっていました。
この2-3年の郵便配達区域の状況ですが、ちょっとこれまでにない変化を感じています。
住民数の減少にはあいかわらず拍車がかかっています。これまで、がんばってがんばって先祖伝来の家・田畑を守り続けてきたお年寄りの方たちがどんどん亡くなられているからです。
その一方で、わずかではありますが、空き家を借りて都会から移住して住む人や、長らく空き家にしていた持ち主(の子息・親戚のかたなど)が戻り始めています。
これは10年くらい前にはあまり無かった現象です。
ある配達区域の、住民数戸で平均年齢70歳超の集落でも、一昨年20代の若者が一気に4人(2組)も住民になりました。
時代の変化を感じています。
限界集落に若い人が増えるのは希望の灯です。
郵便物は多少増えますが、ありがたいことです。
大都市集中の現代文明がとうとう終わりに達したことに、多くの人が気づき始めているということでしょうね。都会が不況でいよいよ食えなくなってきたこと、そしてロハスな暮らしを求めて生活を変えたいと思う人が増えてきたこと、その2つの流れがあるようです。
今気付いて行動に移せる人はまだまだ希少な存在かもしれませんが、今後こういう流れが加速していくでしょう。
今後十年くらいで、今限界集落と呼ばれている山間の過疎地はすっかり住民が入れ替わるのではないか?
遠山郷も北安曇も大変よく似た状況にあると思います。(積雪量は段違いですが)
霜月祭への想い
伝統の霜月祭も氏子の高齢化・減少に伴いその継承が困難になってきたことは、去年・今年とお祭をちょっとお手伝いさせてもらって、充分理解できました。
ですが、遠山郷の霜月祭は過去何度もそういう住民の大幅な変化の波を乗り越え、その度に新しい祭式を取り込みつつ継承されてきたのではありませんか?
源平合戦 南北朝の乱 応仁の乱 戦国時代 関が原 遠山氏の滅亡 明治維新など
大きな時代の変化を乗り越え伝えられてきた霜月祭・・・多分今回も大丈夫ですよ。
伝えたい気持ちを持ち続ければ・・・僕らもその気持ちは持ち続けたいと思っています。
都会から新しい人が入ってきたときに、ともすれば旧来の住民との交わりがうまくいかなくて孤立しがちなものです。僕自身そのことを実体験で経験し克服もしてきました。
ですが、遠山には霜月祭があります。新旧共に交わりながら神を祭ることができます。
これは遠山郷のものすごい強みです。これを生かしてほしい。生かせるような地域つくりをしてほしい。
藤原直哉さんが選んだ来年のキーワードは「決」
どこに住むか?どういう生き方をするか?先延ばしにしてきたあらゆることに「決断」「決着」をつけなければならない年になるようです。
写真(昨年の12月撮影)
県道から標高差300m上がった山腹にある配達区域の一軒家
yupon です。
スタッフ、TAIチャンの元気の源 「朝からポリフェノール」 の効能に関する記事です。
<赤ワイン>脳機能改善、マウスで神経細胞増殖 名古屋市大
毎日新聞 12月19日(日)2時33分配信
赤ワインが、記憶に関わる脳の神経細胞の数を倍増させ、認知能力を高めることが、岡嶋研二・名古屋市立大大学院教授(展開医科学)のチームの動物実験で分かった。白ワインでは効果がなかった。近く米国の栄養生化学雑誌に発表する。
これまでに赤ワインを1日400ミリリットル(グラス3杯程度)を飲む人は、飲まない人に比べ、認知症の症状が表れにくいことが、フランス・ボルドー大などの疫学調査で分かっていた。チームは、赤ワインに含まれ、心疾患減少に効果のある「レスベラトロール」という成分に注目。マウスにレスベラトロール含有量の多い赤ワイン0.2ミリリットルを毎日、3週間にわたり飲ませた。
その結果、脳の中で記憶をつかさどる「海馬」と呼ばれる部分の神経細胞が、飲まないマウスに比べ2倍に増えていた。迷路でゴールにたどりつく時間も訓練開始から5日目に、飲まないマウスに比べてほぼ半分になった。白ワインを飲んだマウスは、飲まないマウスと同じ結果だった。効果がどこまで継続するかはこれからの課題だが、持続して摂取する必要があるという。
さらに、胃が受けた刺激を脳に伝達する物質の機能を失わせたマウスでは、レスベラトロールを飲ませても脳機能改善の効果は認められず、レスベラトロールが、伝達物質を通して脳に影響を及ぼしていると確認した。
レスベラトロール濃度が高いのは、フルボディーや色の濃いタイプの赤ワインという。
岡嶋教授は「赤ワインの健康効果は欧州の人々の間で言われてきたが、やはり科学的な裏付けがあった。しかし、アルコールの過剰な摂取は肝臓への悪影響もあり、飲み過ぎないでほしい」と話す。【田中泰義】
18日。
今日も気温の低く、風の強い日でした。
夜は車のフロントガラスも凍って寒いもあるけど痛い
ような遠山の冬らしい凍みの日でした
土曜スペシャルごらんになりましたか?
私は用事があってまだ見れてませんので、お願いしといた録画を楽しみにしとります
金曜日。
遠山のあちこちでクリスマスのチカチカ(イルミネーション)を見かけるようになりました。
クリスマスの飾り付けをするというのは遠山では子供がいる家族や若い衆、ハイカラな衆しかしないので
チカチカがあるということはそういうことでもあるのです
夜もチカチカがあるとなんとなくさびしくないです
12月半分終わりましたに。
みなさんヘェもう年末に向かってますでしょうか?
遠山では霜月祭りが終わるということは一年が終わるということなので
遠山の人は、昨晩から今年も一年終わるなあと
思っとるひとが少なくないと思います。
ところでyuponさんも書いてましたが
18日の土曜日は日本のあちこちで遠山がみれるでしょう!
テレビ東京「土曜スペシャル」夜7時から。
知った顔がテレビに映るんではないかと思われます。
楽しみです

猿舞
面のなかで一番難しい舞
この舞はとても大変な舞です
色気のない言い方をすると、すごい運動量なのです
私は猿舞が一番好きです
にぎやかなお祭りでした
あとは19日大町天満宮の神事のみのお祭りをおこなって今年の霜月祭り終了です
さてさてと今朝も眠い、、、。
明日は八重河内、正八幡神社のお祭りです
今日も準備で煙がモクモクしておりました。
お祭りに神社へ行くとこの煙のにおい。
これまたお祭りらしいのひとつです
昨日は雨で珍しかったですが、今日は寒さがどっかへいったようでしたね。
明日も楽しみです
霜月祭りというと
面(オモテと読む)だ!と言われておりますが
そればっかりじゃないのですに。
湯飾りから細かい道具を見ても面白いし、まさに「千と千尋の神隠し」だ!
っちゅーものがたくさん見つかりますし
うたも面白いし、舞いもそれぞれ。
私のお気に入りは一の湯、二の湯。
知ってましたか?
八百万の神様はずっと神社に居れるわけではなくて
忙しい神様は大社とか一宮とか長居できませんのです。
だもんで一の湯(八百万の神様を呼んで最初のお湯を差し上げる式)
なら、遠山に居りつつも全国あちこちの神様に出会えるわけです。と考えたので
まだ行った事のない伊勢神宮、出雲大社などなど忙しい神様のおいでる時間帯に
お賽銭を入れときました。
この式、うたも面白いんです
kushikimiです。
久しぶりの投稿です。
先日の土曜に遠山に行ってきました。2週間ぶりです。
今回の目的は、21世紀の肥溜めのエナジー水の出来栄えの確認と
原料の投入です。
今回も強行軍で行ってきました。
仕事が終わったのが7時過ぎ、それから自宅を出たのが8時半。
木沢着が10時半くらいでした。
エナジー水プラントがあるのが、校舎の裏手の真っ暗なところです。

暗いですねー 怖いですね、夜の学校のトイレ!
昔、僕らの小学生時代には学校の先生の宿直制度がありまして、
好きな先生の当番の日なんかには、遊びに行ったことを思い出しました。
たしか、夜の9時くらいに見回りに行かされましたが、恐怖でとてもいけませんでした。
ところが・・・今日は霜月祭りで校舎は全館照明がともされていてこんな感じでした。
しかし、この写真めちゃ手ぶれしてますよね!
わっぱ 怖かったんですかね。
そして、目的のエナジー水の出来栄えですが、当日汲みあげたものは
御覧のとおり、上澄み水の透き通った部分が1割程度しかありませんでした。
そこで、EMBC(増殖液)とぼかしを投入して様子を見ることにしました。
そして、明けて翌日の夕方には透き通った上澄み水が半分以上になり
大変よくなりました。
残念ながら私は、その翌日仕事があるため、午前1時前に木沢を出発
しましたので、写真はありません。
翌日、写真家の水野さんに頼んで画像を送ってもらい確認しました。
なぜかその写真がアップロードできません。
大変申し訳ありません。
これで一応エナジー水製造プラントが完成しました。
来月から本格的にエナジー水を製造し、地元の方々にどんどん使用していただき
多種多様な使用方法を試行錯誤していき、みんなでよりよい物にしていきたいと
思います。
ああ朝が眠い。
今朝はピカピカに道路が凍っておりました
夜空がきれいだったもの。
お祭りシーズンはねむいや。
今年の私は行けそうです。
和田の町は明日、氏神様の諏訪神社お祭りに向けて
各家の玄関にちょうちんが並びました
土曜日。
のぞいてみました
子供が多くてびっくりしました。
道は路駐でいっぱい。
車からおりたら、ああこの音だ。
太鼓と笛の音。
この数年どこも行けてなかったので、なんだか懐かしい感じ。
お祭りに来たようでした
八百万の神様にご挨拶して帰って来ました
こんばんは
明日は木沢のお祭りです
写真のフラッシュ撮影はおやめください
の放送も流れました
遠山の衆より他所からきてくれる方のほうが重そうなフラッシュつきのでっかいのを背負ってみえます
今年はすみません
木沢もおごっつぉー(ごちそう)がでるので同級生のお家に呼ばれるのが楽しみでした。ヒヒヒ。
中学生だったなぁ
若かったんだなぁ
あぁ
私が一番好きなハレの日のごっつぉーはぼた餅にくるみぬたをつけて食べる
あれです
じゅるじゅる
今夜の月
あ。ブレてら。
ほそーい下弦の月
おそらく、、、。
ほそーい三日月をみたらお願い事を言ってみてください
母曰く、叶うのです!
小さいころからこういう細い三日月を見るたびに
願い事叶うよ!っと言っています
おかげで私は今日もお願い事をば。
お山は今朝は雪が降ったようです
昨日の雨。
霙っぽかったので。
明日の天気予報、南部雪マークでした。
ふむふむ。
近頃遠山にはテレビの取材がいくつか入っておるようです
白川郷みたいに
全国の方が名前でぴんとくるような土地になっていくでしょうか、、、。
誰か言ってました
道がよくなったりで遠山がにぎやかくなったときに頑張っとれる地元の衆が何人いることか。
外から来た大きいとことにいいとこもってかれるなんて事もあるかも
だそうな。
さてどうするかな
こんばんは
お天気があまりよくありません日でしたね
さっき雨も降りました
今日回覧板が回ってきて和田の氏神様は諏訪神社においでるのですが
13日のお祭りの撮影のこととフラッシュ撮影はだめなこと、
12日13日14日は玄関におまつりのちょうちんを飾って
にぎやかくしよう のようなことが書いてありました
冬の町並みにちょうちん。
きれいだろうなあ
楽しみです
yuponです。
12月5日に木沢・熊野神社で行われた霜月祭について書きます。
今回の記事は自分のブログと重複した同じ記事で失礼いたします。
この記事に興味のある方は、僕の去年の過去記事もご覧ください。
今年の遠山郷は梅雨末期の水害もあり、熊野神社の霜月祭は直前まで開催するかしないか、また開催する場合はどのような時間でやるのかなど、氏子さんたちの間でも何回も話し合いがもたれたそうです。
高齢化と過疎化はどこの山村でも深刻です。
昨年まで3年間「特別氏子」という立場で氏子外の客にも祭に参加してもらう体制で開催されていたのですが、今年は氏子さんの家でもかなりの軒数が祭りに参加できないという状況で、そんな状況の中で特別氏子に参加費を集めて祭に参加してもらうのはどうか?という疑問が出されたそうです。
祭を開催するのは氏子・・・それは日本全国どこの祭でもその通りの大原則であります。
氏子だけで足りないから、外部の人にも参加してもらって・・・と一言で解決できるほど、簡単なことではありません。そんな浅い思慮の祭ならばとうの昔に廃れていただろう。
来年以後祭の開催がどうなるかはわかりませんが、この祭のファンとしては是非続けてもらいたい、としかいいようがありません。
さて、実際のところ祭については、氏子である川合・小道木集落以外の遠山郷のあちこちから応援の方が参加しており、なかんづく今年は和田にある中学校の生徒さんたち数名がお囃子の笛・太鼓の奏者、面舞の舞手として参加していました。笛も太鼓もよく練習されていて素晴らしかった。
特別氏子は募集しないということでしたが、僕とtaipon(筆者の長男)、それに去年初めて霜月祭に参加して大層この祭にのめりこんでいる東京のSさん一家も、あらかじめ祭の若手の要であるH氏に「できれば笛くらい吹いて祭に参加したい」旨を伝えてあったので、当日はH氏の計らいで「木沢霜月祭保存会」の法被を貸していただいて、参加することができたのは大変ラッキーでした。
遠山郷大好き青年=一年のうち100日を遠山で過ごしている超常連のワイノさん(遠山藤原学校スタッフ=塩尻市在住)も法被を着て祭に参加していました。(ワイノさんの場合はほとんど住民だ) ワイノさんのブログはこちらです。
去年は写真をいっぱい撮ったんだけど、今年はカメラを忘れてしまい(涙) 写真は一枚もありません。去年の写真でごめんして!
同じく遠山藤原学校スタッフの加藤さんのブログに写真がいっぱいUPされているのでごらんください。http://www.k-taiki.com/
去年は昼1時から始まって深夜3時までかかった祭を、今年は昼1時に始めて9時に終わらせるという・・・どこをどう端折って6時間も縮めるの?と思いました。
当初の予定では7回行う湯立て神事を2回に減らし、所作も簡略化するというウワサでしたし、神官(禰宜さま)の家での「家清め」という神事(氏子総代の食事会を兼ねる)も省略ということで9時に終わるはずの祭は・・・・・・始まってみれば、やっぱり祭好きの遠山衆のやることですね・・・湯立てもきっちり7回やって、すべての神事が終わったのは当初の予定より3時間延長の夜12時でした。
全国からお招きしたカミサマたちも、満足されたでしょうかね?
僕も笛を吹きまくったし(湯立て7回のうち5回は吹いたし、後半もほとんど休まず吹いた)、taiponも笛を吹いたり、よーっせ!よーっせ!の囃し言葉で宙を飛んだりで大いに祭りに参加して楽しかったです。またappon(筆者の長女)も忙しいスケジュールを調整してのはじめて祭見学をしました。女の子は祭の表舞台に立たないので、舞はしなかったけどね。3人とも大満足。
面(おもて)の舞も僕は今年は白峰権現様、taiponも名前は忘れたけど面をつけて舞わせていただきました。
写真↓は去年とったもの。
taiponが着けた面は写真右下(左から4列目 上から4番目)の、金色の被り物をした白眉白髭の面
さて、祭の食事は賄いの作り手が足りないので、今年は見学者に食事が振舞えないということで、祭名物の「サンマ飯」を食することはできませんでしたが、木沢活性化会長の松下さんのご配慮で我々遠山藤原学校スタッフのみんなをご自宅に招いていただき食事を頂戴することができました。たいへんご馳走様でした。
来年以後、祭の開催が続けられるよう、できる限りの応援はしたいと思っております。来年は遠山藤原学校のプログラムの中で、祭の囃しや舞を習ったり、祭のお食事(さんま飯など)の作り方を学ぶというのはいかがでしょうか?
ともあれ川合・小道木の氏子のみなさん、大変有難うございました。
第2週6日
今日は遠山の幼なじみの誕生日でした
といっても、覚えてるだけです。
小さいころの記憶のほうが覚えているというけれど
うーん。
そうかも
私まだ遠山友達の誕生日言えます。
特にお祝いもしてないけれど、、、。
でも携帯の電話番号は覚えられません。
家のお父さんは
遠山に、ご近所に何処其処に何ちゅー人が住んでいるのか、ということを
知ってないと駄目だ!
とよく言ってました
それは遠山生活に必要なこと。
家のおばあちゃおじいちゃだけでなく、ご近所にたくさんのお母さんお父さん
じいちゃばあちゃ兄弟。
そういう遠山の生活
今の世代はそれほどでもなくなってきていると思われますが
会話についていくには、その何処其処の何とかさんの兄弟親戚筋まで
覚えとかんとつながらんことがあります

飛行機雲みっけ
澄んだ空でしょう
相変わらず夜は星がきれいだし
昨日。
どうして遠山に戻ってきたのかい?
って質問を受けました
さて、どうしてでしょう??
私もコレといった理由が見つかりませんでした
何でだろう。
この
狭いけどきれいな空がみたくなるからでしょうか
昨日の嵐。
みなさんご無事でしたか?
今日は晴れましたが道路はスギッパやら枝やらがちらかっとるし
庭のものはいろんなものが飛んでいきました。
すごいの強風でした
今日の晩はなんと今年初であると思いますが車のフロントガラスが凍りました。
なんとなく薄っすら水溜りが凍りだしていたようです
おー
お風邪を召しませんように気をつけてくださいませ
風がびゅーびゅー吹いています
寒いですね。
ただいまの遠山荒れております
風で畑の豆が倒れたにーって畑の近所の人が電話してくれたり
小屋のトタンがカタカタいったりにぎやかいです
がたがたガタガタびゅー
びゅー
トタン飛ばないでくれー
遠山郷を南に山越えしたところが水窪の里です。そこに山住神社があります。狼のお姿をした大神さまを祀ったとても立派な神社です。
遠山郷は南北朝の時代、北の大鹿村に陣取った宗良親王に通じて南朝方につき、南の遠州の豪族たちと連絡を密にしていました。昔から、遠山郷と水窪の間には人の交流があります。
氏子もしっかりしているようで、神官が日中は常駐されています。
山住神社の拝殿です。
樹齢1500年の立派な杉のご神木が2本立っています。1500年経っているの木の勢いがとても強いそうです。
確かに葉が若々しいエネルギーを発しています。
神社から水窪市街に下る道の途中に布滝というきれいな滝があります。
昔は難路をたくさんの善男善女が越えていったようです。
ここから北の水窪ダムまで雄大な林道が続いています。そこに観光施設、カモシカと森の体験館があります。このあたりも朝夕は道沿いによく動物が出てきます。今回も鹿、猿、タヌキ、リスと遭遇しました。
立派なバードウォッチングの施設もあります。
ここはもう遠州ですが、山の感じが信州とは違うのです。とても広々としているのです。
水窪ダムです。これは岩を積み上げて作ったロックフィルダムです。
ダム湖に沈んだ昔の集落の地図がありました。昔はここに森林鉄道がとおっていたことがわかります。
ダム建設で亡くなった方々の立派な慰霊碑が建っていました。
そのさらに奥、地頭方にこんな道標が建っていました。鎌倉時代、地頭は鎌倉にいて、現地には地頭方がいました。その跡なのかもしれません。遠山郷には鎌倉姓の人がたくさんいます。おそらくは鎌倉幕府につかえた家人の末裔だと思います。
ここに来るまでの道すがら、兵越峠の道に石が大事に祀られていました。
やっぱり
こうでなくっちゃ。
12月2日深夜。
遠山はただいま雨が降っております
霜で真っ白の朝から雲ひとつない青空の午前中をへて。
空色も見事冬の空の色となっておりました
遠山景色暦
そろそろ漬物の準備がはじまります。
軒や畑に菜っ葉や大根が干されてくるでしょう
11月の遠山藤原学校は青崩峠を歩いてきました
今回は休みが取れず日曜のみの参加です
姫路を前日午後10時過ぎに出て仮眠をとりながら車を進めます
京都から中央分岐の小牧までが一番だれる区間ですのでこまめに30分くらいの
仮眠をとりつつ恵那峡に午前3時に到着
ココから木沢までは1時間半ですので5時半まで寝ます
日曜のみ参加の時はこんな様子です、車の後部座席で寝つつもすでに遠山藤原学校は
始まっています
本題に移って
青崩峠
断層が走っています
戦国時代には武田信玄も兵を率いて移動した街道だそうで
いろんな想いを運んだ道です
豪雨で崩れて道が寸断されたままになっています
柿色のジャンパ-は藤原先生、無線を背負っておられます
やはり人が作った物といゆうのは人が管理していかないと自然の姿に
帰って行くものなのでしょうか
本来はこのような道が通っているのですが
それにしてもすごい葉っぱの量でしょ
子供のころ洪水で水をかき分け歩いた経験はありますが
葉っぱをかき分け歩くとは思いませんでした
空を見上げると風が吹く度に葉っぱが舞い落ちます
山全体では一体どれほどの量が舞い落ちるのか想像もつきません
海を豊かにするにはまず山から
納得です
とゆうことで今回の遠山土産は
葉っぱ
隠れていますがギュウギュウ詰めで13袋ほど拾ってきました
行く途中で拾うポイントを決めておいて帰り道でせっせと拾います
勇さんが赤石林道ならどっさりあるので拾って帰れと教えてくれましたが
日が落ちてからの赤石林道は車でも勘弁です、遠慮しておきます
街中では薄く広く散らばっていますので袋いっぱいに拾い集めるのは
なかなか骨が折れます
遠山では厚さ20センチほどで道路ばたに積っている場所があって
袋一杯にするのも3分もあれば十分でボロカスです
姫路では大した手間もかけず楽に仕事がはかどった時はボロカスとかボロッカスといいます
コツコツもいいですがやっぱりボロカスは楽ちん楽ちん
でも40分ほどかかって汗だくです、青崩を歩いてもこんなに汗だくにはならなかった
畑で有機マルチや腐葉土作りに使いたいと思います
市民農園レベルではこれぐらいあれば来年のこの時期まで何とかなりそうです
早朝の農園です
キャベツ、白菜、大根が収穫時期を迎えてありがたく頂いております
嫁が申しますには、野菜を作るだけではだめで自分で準備して料理して片付けて
家族にふるまって完結だそうです
まな板の上にとれた野菜を置くだけでは全然ダメだそうです
藤原先生に直接メ-ルして遠山でちゃんと指導してもらわないと、とよく言っております
先生はそのようにおっしゃっているのですが私が都合の悪いことのみ
黙っているのですが
どうもこの嫁はいつも痛いところをピンポイントで攻撃してきます
林 芳弘 拝
yuponです。
今週末12月5日は、遠山藤原学校で毎月参拝している、「気の出る神社」=木沢熊野神社の霜月祭です。それにさきがけ、4日夜は遠山藤原学校スタッフと地元衆で忘年会です。
昨年はじめて熊野神社で霜月祭に参加させていただいて、霜月祭の圧倒的なパワーに圧倒されてしまいました。
↑ 昨年は特別氏子ということで、オモテ(面)を着けさせていただきました。
写真左下、白い面が去年着けた「熊野権現」さま。
今年は長女・長男も連れて祭の見学にいきます。
熊野神社の霜月祭も氏子のかたたちの過疎化・高齢化のために開催が年々厳しくなっているようで、今年は昼12時開催の夜9時までの「短縮」バージョン。(それでも9時間!!)
いろいろ事情もあり、今年は特別氏子の募集は無いようですが、この祭が続けられるよう
微力でもお手伝いしたいという気持ちでいっぱいです。
また、前日の夜は遠山藤原学校関係者での忘年会もあり、おおいに盛り上がろうとおもいます。
師走となりました。
やっぱり走るようにすぎていく予定です。
寒い空気と杉の葉や薪の煙の匂いをかぐと霜月祭りだなあと思います
もう本当12月っちゃーお祭りと思ってしまいます
クリスマスや年末というのはお祭りが終わると考え出します。
そんな遠山人も少なくないでしょう
霜月祭りは八百万の神様をお呼びしてお湯を差し上げる神事があります
神様に会いにおいでてください
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