« アメ玉の好み | トップページ | 賀名生 »

南北朝の里 賀名生

5月の遠山藤原学校が終わって1週間

4月の先生の講演で中央構造線の不思議は理屈ではうまく話せないとおっしゃって

いましたが

理屈をつけないとわかった気にならないのでいろいろ考えましたが

やはりよくわからないのでゴチャゴチャ考えるのは辞めです

直観の大切さをスイカたたきを例にわかりやすく教えていただきました

今回は気持ちのおもむくまま賀名生[あのうと読みます]に来ましたP10001121_2

この方角が高野山方向だと思うのですが、まあこんな感じの所です

後醍醐天皇が京を落ちた時、大阪方面からこの場所に来たそうですが

なぜ吉野ではなかったのか?でしたが

資料館の方が

ココは吉野と高野山の線上に有って両方に使者を出したのですが

中立の高野山は返事無し、承諾してくれた吉野へ行くことになったそうです

納得

こちらと吉野ではやはり感覚が少し違うようで

世間の垢に少しまみれた吉野よりこちらの方がいいでしょ

そんなやり取りも有りましたので

こちらはこちらで思うところが有るのかもしれません

何の根拠も有りませんが私もそんな感じがして、吉野山を置いておいてまずこちらに来まし

たので

妙に納得

この土地の歴史を話す言葉に気持ちがこもっていましたので

賀名生に誇りを持っておられるのだと思います

P10000951_2

P10001021_2

賀名生での皇居 堀信増 低

このあたりをゆっくり歩きながら先生のネットラジオを聴き直します

遠山では地元のつわものの方々や皆さんと

その後は一人でじっくり考えます

このパタ-ンが居心地いいです当面はこのスタイルで

資料館にはご当地本の

西吉野町太平記 竜門冬二著 奈良新聞社が置いてあって

購入して読んでみました、非常に読みやすくて

登場人物の楠木正儀に興味と親近感を持ちました

 林 芳弘 拝

|

« アメ玉の好み | トップページ | 賀名生 »

中央構造線蓄える楽しみの旅」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« アメ玉の好み | トップページ | 賀名生 »