チョットだけ吉野をかじってきました 感想
日本地図と言えば現代人は当たり前のように弓なりの形を思い浮かべます
昔はこのような正確な地図など存在せず
どういった感覚で移動し暮らしていたのでしょうか
私なんか地図を見ていても迷います
地図見るから迷う?
吉野で出土した土器と同じようなものが諏訪あたりでも出ていると
資料館の方から教えていただきました
構造線沿いとはいえ伊勢の先は海です
途中ぐっと進路を北に変え遠山、そして諏訪へ
陸を迂回するにはかなりの距離があります
縄文、弥生時代に地名のようなものが存在したかどうかは知りませんが
よくまあ構造線沿いに諏訪まで伝わったもんだと思います
地図や地名などがないから何か感じるものが有ったのでしょうか
カ-ナビは使わずあえて地図を見て動くようにしていますが
なんも無いとゆうのはまさに究極ですその力の源ははたしてなんだったのでしょう
不思議
途中の166号高見峠付近で道沿いにポツンと綺麗なしだれ桜が
よく見ていただくと花に隠れてバス停が、こんな山道で誰が乗るんだか
写真では切れてますがバス停の隣りに一軒ポツンと人家が有ります
この家専用のバス停なのか
林 芳弘 拝
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コメント
林さん、おはようございます。藤原直哉です。すばらしい吉野のレポート、大変ありがとうございました!
わたしもそこまでディープな吉野には行ったことがありません(笑)。本当に古来、ここを起点に日本の大転換をやってきたのですからすごいことだと思います。
どうぞまたいろいろとレポートしてください。本当にありがとうございます!
藤原直哉 拝
投稿: 藤原直哉 | 2010年4月23日 (金) 06時57分
藤原先生
コメントありがとうございます
歴史資料館の方が大変親切な方で
吉野へ行った時は必ず立ち寄ろうと
考えています
穴場とか地元の人しか知らない話など
出てくるかも知れません
人つながりで元吉野町の職員さんで
郷土資料を作られた方にコンタクトをとっていただいたのですが
ご高齢で体調がすぐれないとのことで
今回は断念するしかなさそうです
メ-ルのやり取りは大丈夫のことで
何か疑問があればいつでも聞いてくださいとのことです
連休明けは吉野のお山へ行こうと思うのですが
郷土資料で事前によく勉強して
その他大勢の観光客にならないよう
行ってくるつもりです
行きましたらまたレポ-トいたします
とことん吉野に行くか
高野山をはさみながらにするかは
行ってみた流れで決めようと思っています
林 芳弘 拝
投稿: 林 芳弘 | 2010年4月23日 (金) 18時36分
林さん、中央構造線・吉野の記事ありがとうございます。
僕も元関西人ですから、子供のころ中央構造線ぞいの山とか史跡とかは結構行ったことがあるのですが、そういう目で見ていませんでしたし、特に南北朝の歴史についても
「吉川英治」史観がベースにしみこんでいるので、改めて勉強しなければ」なりませんね。
僕も諏訪近辺をじっくり歩き回ってみようかと思います。
今回の中央構造線ツアーには参加できませんが、5月に入りましたら杖突峠や守屋山(諏訪上社の御神体=モリア山??)あたりを歩いてみようかと思ってます。御頭祭(鹿の頭をいけにえにささげる諏訪上社の奇祭)も見てみたいですね。
投稿: yupon | 2010年4月23日 (金) 19時00分
yuponさん
遠山では距離的なこともあり
お世話になりっぱなしですので
少しでも楽しんでいただければ幸いです
藤原先生が黄門様なら
yuponさん、久志さんは、すけさん、かくさんですかね
八べい役の大善君もいますし
そんなにいいもんでは有りませんが
風車のやひちみたいに、平素はなんかごそごそやってるんですが
ここぞとゆう時には駆け付けるスタイルが
合っているような気がしています
遠山郷の塩,コショウになれればいいのですが
林 芳弘 拝
投稿: 林 芳弘 | 2010年4月23日 (金) 20時24分