« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

8月の「遠山郷の休日」

P7250052_2

みなさまこんにちは。
遠山藤原学校事務長の荒井茂樹です。

おかげさまで7月の遠山郷の休日も17名様にご参加いただき、
地元の方々、スタッフを入れて25名にもなりました。
とても楽しい時間を過ごさせていただきました。
ご参加いただきました皆様、本当にありがとうございました。

7月の「遠山郷の休日」の様子
http://araishokudo.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-9ab9.html


さて、8月の「遠山郷の休日」ですが、
8月29日(土)、30日(日)を予定しております。
29日は遠山郷の御射山祭りが開催されます。
ご一緒にお神輿を担いだり、花火をご覧頂ければと思います。
花火はものすごい迫力のようです。

御射山祭り
http://tohyamago.com/event/misayama/index.html


30日は天仁の杜(てんじんのもり)でマレットゴルフの予定です。

マレットゴルフ :マレットゴルフとは、スティックとボールを使って、
決められた打ち出し地点からホールへ、できるだけ少ない打数で
入れることを競うスポーツです。マレットとは木づちという意味で、
木づちを使ってボールを打ち、ゴルフのルールで競技をするという意味から、マレットゴルフと名づけられました。

その他の観音霊水や大杉、お饅頭屋などの
観光スポットも可能な限りご案内させて頂きます。

藤原も参りますので、ご一緒に休暇をお過ごししたいという方が
いらっしゃいましたら、どうぞ遊びにいらしていただければと思います。
今回も参加費は実費のみです(飲食代・保険代・遊戯代等)。

宿の手配などがございましたら、手配させて頂きます。
もちろん必要な方は平岡駅までお車でお迎えに参りますので、
ご希望の方はどうぞおっしゃって下さい。

ご参加をご希望の方は、
遠山藤原学校事務長 荒井茂樹
までご連絡いただけますようお願いいいたします。

メール:arai@fujiwaraoffice.co.jp

たくさんのご参加、お待ちいたしております。
夏の遠山郷を、ご一緒に満喫いたしましょう。

遠山藤原学校事務長
荒井茂樹 拝

| | コメント (1)

良い休日、「遠山郷の休日」

P7260084_2

7月25日(土)、26日(日)に開催された「遠山郷の休日」。
横浜、福岡、愛知、シンガポールなどなど、
各地から17名のお客様にお集まりいただきました。

地元の方、スタッフを入れ25名の賑やかな休日となりました。

当日の様子はこちらからご覧下さい。
http://araishokudo.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-9ab9.html

8月の「遠山郷の休日」もあらためてご案内させて頂きます。
だんだんと秘境遠山郷も盛り上がってきました。

| | コメント (3)

お申し込みの追加がありました

P6070206

みなさんこんにちは。
遠山藤原学校事務長の荒井茂樹です。

7月の遠山郷の休日、本日さらにお申し込みを頂きました。
残り一週間ですが、お申し込み受付中です。

川原でのバーベキュー、今から楽しみです。
どんなものを焼こうか悩んでいます。
皆さん飲むので、ビールもたくさん用意しなくてはいけません。

遠山郷には都心には無い面白いところが一杯です。
毎日生活していると慣れてしまい、初めてお越しになられる
方の反応でまた再認識させられます。
本当に面白いところに住んでいます。

山、川、星空、生活する人々。
おかげさまでそれを求めてだんだんとお客様も増え、
地元の方も喜んでいらっしゃいます。

今日はかぐらの湯に650名のお客様がお越しになりました。
味ゆ~楽にも200名以上の方が食べに来ました。
お昼はてんてこ舞いでしたが、アンケートを見ると、
だんだんと良い評価をもらえるようになってきました。
スタッフの方とも仲良くやっており、こちらに引っ越して
半年が経ちましたが、少しは溶け込んできた感じがします。

夏の遠山郷、秋の遠山郷、凍結に気をつけて冬の遠山郷。
いつでもご案内いたしますので、ぜひお越し下さいませ。
あれがしたい、これがしたいの要望も大歓迎です。

| | コメント (0)

7月の遠山郷も盛り上がります

P6280302_2
みなさんこんにちは。
遠山藤原学校事務長の荒井茂樹です。

おかげさまで、7月の遠山郷の休日も現在15名様の
お申し込みを頂きました。ありがとうございました!
スタッフを入れると、また20名くらいになりそうです。

今回は川原でのバーベキューを予定しております。
綺麗な川でのんびりした時間を過ごしましょう。

川の水で冷やしたビールが美味しそうです。

引き続きお申し込み受付中です!

| | コメント (1)

暑さしのぎに一枚

遠山郷は長野県の最南端です。山を越えればもう静岡県です。それで夏は大変暑いのです。長野県で最も気温の高い場所です。そんな夏真っ盛りの遠山郷の暑さしのぎに一枚どうぞ。

2608_2

冬の兵越峠への峠道からの写真です。冬はご覧のとおり、雪が積もることも珍しくありません。冬の雪と寒さを感じると、あぁ、長野県だなと思います。

こうして冬は非常に寒いのですが夏はとても暑いのです。したがって農業も春から夏にかけて一気に季節が進みます。3月ぐらいは関東地方よりもずいぶんと寒いなと思っていたのが、6月ぐらいになればほぼ同じ気候になります。

四季折々の遠山郷に是非お越しください。

藤原直哉 拝

| | コメント (0)

時の経つのは早いもので

遠山郷には何ヶ所か、マレットゴルフ場があります。これは大町地区の天仁の杜にあるマレットゴルフ場です。帽子をかぶっておられるのは管理人の鎌倉さんです。

Img_3079_4

正面が小田原ひなた村農園の大谷賢司農園長、右がカウンセラーの岩松正史君。まだこの写真から2年にもなりませんが、2人ともこの間に大きく成長しました。まさに、遠山郷に来ている間に歴史の断層を越えたようです。

藤原直哉 拝 

| | コメント (1)

『歴史の彼岸』再掲

 世の中は風雲急を告げていますが、今から15年前の1994年に、藤原直哉が書いた小説が以下の『歴史の彼岸』です。舞台は八ヶ岳の麓と、遠山郷です。何かちょうど今頃のことを書いたかのような内容で、自分で言うのもなんですが、15年前に今の光景が見えていたとしか思えません。何か大きな天のシナリオの中にみんないるようですね。ご縁のあるみなさんと一緒に、歴史の断層を超えてまいりましょう。

藤原直哉 拝

『歴史の彼岸』

 雨宮浩一郎はふと何年か前、八ケ岳の麓で縄文時代の遺跡を見たときのことを思い出した。

 山の麓のたいへん見晴らしが利く緩やかな傾斜地に、その遺跡はあった。遺跡は一万年前の街の痕跡だった。

 身を切るように冷たい早春の疾風が吹き抜けるなか、透き通るような陽光を浴びて、遺跡は凛とたたずんでいた。

 この街は落人の街だった。今から一万年前、遠くペルシャから落ちのびてきた人たちが住みついた街だった。彼らはここで七千年暮らした。土でつくった器や人形は、失われた遠い故郷への思いでいっぱいだった。数千キロの彼方から一万年前にやってきて、七千年暮らして、三千年前に忽然と消えてしまった。一万年前と三千年前、ここで人は今とおなじ早春の疾風と透き通るような陽光を浴びながら、新しい日常へと旅立っていった。

 歴史には断層がある。しかし断層の上にも人は住んでいる。断層の上に住んでいる人には、新しい日常をつくる義務がある。運・不運の問題ではない。

 浩一郎は思い出したように山道を急いだ。もう娘を小学校に送り届ける時間である。今朝はずいぶん長い散策をしてしまった。

 遠山谷の朝は遅い。細長く落ち込んだ谷底のわが家に陽がさすのは、九時を過ぎてからである。

 浩一郎は子供のときからこの遠山谷に住む自分が見えていた。都市が滅びる。都市が壊れる。都市に危険を感じたらここに来よう。そう昔から考えていた。しかしそれは遠い将来のことだと思っていた。

 ところがある日、いつものように一家揃って朝御飯を食べていたら、今日と明日の間に不思議な時間の壁があるのに気がついた。不思議な時間の壁が見えた。何が不思議かって、明日があるのに、壁のこちら側から明日を見ても明日が見えないのである。

 この変な気持ち、むかしたしかどこかで経験したことがある。そう、アメリカの会社で仕事をしていたときだ。いつものようにいつもの仕事をしていたら、ある日突然恐怖と嫌悪感を感じた。アメリカが壊れてしまう。そう感じた。そう感じたら居ても立ってもいられなくなった。それで会社を辞めたんだっけ。

 その次の日、あっけにとられて声も出ない妻と娘を引きずって、浩一郎は遠山谷へとやってきた。

 都市とその周縁部では、長く出口のない不況による街の荒廃が続いている。デフレに耐えられない人たちは、みんな大陸へ渡って行った。あちらは大変なブームらしい。世界中からカネを求める人たちがやってきているようだ。しかしあちらでひと財産つくって凱旋してきた人には、まだ一度も会ったことがない。みんな元気であればよいのだが。

 学校までの道は広い舗装道路を車で飛ばして五分である。不況対策で、この秘境の道も随分と整備された。生活基盤がどんどん整っていく。デフレだから相当安い費用で工事ができる。秘境が秘境でなくなることは悲しいが、狭く凍りついた道で車を谷底に落とす危険を考えれば、ありがたいことだ。

 家族のなかで遠山谷をいちばん気に入っているのは、浩一郎の娘かもしれない。昔は山村の分校といえば、一種軽蔑された存在であった。しかし今では正反対である。山奥に住みながら生計を立てることができる。これが経済的にも精神的にもそして健康的にも、現在最も贅沢なライフスタイルである。人々のあこがれの的でもある。

 浩一郎に似て独立独行の娘にとっては、自然がもっとも親しい友人らしい。小学校の授業にも、自然観察や農作業がある。子供のうちは飽きるまで自然と戯れさせておこう。飽きて人が恋しくなったら、東京でも上海でもイスタンブールでも、行きたいところに行かせてやろう。好きなようにすればよい。

 浩一郎は校門で娘を下ろしてから、電車の駅まで谷底の道をさらに車を飛ばした。

 川の水は少し緑がかった灰色の太い帯となって、滔々と流れている。小川のせせらぎというには、あまりにも迫力がありすぎる。早春の雪解け水を集めてほとばしる川の流れは、山の力の偉大さを人間に見せつける。山も川も森も生きている。すごいエネルギーだ。

 電車はホームの端の黒い穴から、まぶしいライトを左右に揺すって、ゴトゴトと出てきた。このあたりの線路はトンネルが続く。

 浩一郎は物心ついた時から、将来は電車の運転士になるのだと決めていた。その決心は小学校を卒業するときも中学校を卒業するときも変わらなかった。高校を卒業するときも変わらなかった。そして大学を卒業するときも、変わらなかった。ところが大学を卒業するとき、時の国鉄はこの前の前の大戦後初めて、文科系の大学生の採用を見送った。電車の運転士になる夢は終わった。だったら何でもいいや。浩一郎の社会人人生は、そこからはじまった。

 浩一郎は東京駐在の社員三人を車に乗せると、もと来た道を谷の懐深く遡っていった。月に一度の社員懇話会である。もう何年続けているのか、だれも覚えていない。無限に長い時間続けるということは、無限に短い時間内に自己完結させることとおなじである。いつはじめたか、いつ終わるかは、無限に長い時間を考えるときには意味がない。生きている人間にとって、歴史の断層と断層の間の時間は、無限に長い。

 社員懇話会はしらびそ山荘で開くと決めている。遠山谷の突き当たりから山の斜面を強引に登った見晴らしのよい尾根に、その山荘はある。目の前に南アルプスの壮大な連山が広がり、最初にこの景色を目にした人は、だれでも息を呑む。赤石岳は本当に赤いのだと妙な感心をする。

 何十年も前、最初にここを自転車で訪れたときのことを思い出す。夕食に出された山女に感激して、これは遠山谷で採れたものですかと聞いたら、下の店で買ってきたものだと答えが返ってきた。体の緊張が一挙に解けて、心が温かくなるのを感じた。山荘の前の庭には、やはり何十年も前に遠山谷の谷底を走っていた森林鉄道の機関車と客車が置いてある。役目を終えて、文字どおり昇天した連中である。

 情報伝達技術の進歩で、もっとも変わったのは山村だ。都会の真んなかにいても山村にいても、入ってくる情報の量と質にあまり差はない。電話は世界中どこにいても衛星経由の携帯電話で自由に通話できる。衛星は山村の通信に革命を起こした。テレビやラジオの難視聴などという言葉は死語になり、新聞も衛星経由のファックスで、最新のものが送られてくる。山村は第一次産業の地域、これが近代になって数百年の世界の常識であった。しかし今は違う。山村は情報産業の中心地である。小さなパソコンと通信手段と、あとは考える頭さえあればできる商売は、みんな都市を逃げ出して山村にやってきた。浩一郎もそのひとりである。まだ人が恋しくて暴れたい連中を、東京駐在に置いている。普段の仕事は電話とファックスとパソコン通信、それに静かに考えをめぐらす時間と、時折書く手紙でこと足りる。そして月一回彼らを遠山に集めて無駄話をする。ただそれだけである。浩一郎はこんな生活が気に入っている。

 夕方になって雲が出てきた。聖岳の頂上からするすると雲が湧いてきて、目の前の山々を白く厚い緞帳が隠していく。山荘の周りにも、ひんやりと冷たい白く微細な水滴が充満して、天地の境目がよくわからなくなる。今何時頃だろう。

 懇話会のある日は娘は歩いて家に帰る。浩一郎は社員三人と山荘に一泊する。懇話会には一切の文明利器は持ち込まない決まりである。時計も電話もファックスもパソコンも、紙も鉛筆も持ち込まない。山のリズムに合わせて呑んで食べて、川と森と動物の声を聴きながら、無駄話をする。そして眠くなったら寝る。

 浩一郎は遠山谷に来て、これまでの近代という時代がどういう時代だったのか、何となく解ったような気がしている。近代はどこからはじまったのか。それはきっと山に人が住むには、人が多すぎてしまうところからはじまったのだと思う。それは定義上の近代の、もっと昔の出来事である。止むに止まれぬ事情から人が山に見切りをつけたところから、すべてがはじまった。

 彼らは山を捨て、まず平地で農業を営んだ。食べるためには積極的に自然に働きかけなければならない。そういう厳しい時代がはじまった。しかしさらに人口が多くなりすぎて、それでも食べられなくなった。そこで工業をはじめた。増え続ける人口に安定的に満腹感と安全を供給するためには、農業だけでは無理だった。人は自然を越えようともがいた。かぎりなく冷静に頭を働かせ、緻密な科学技術の体系をつくり上げた。このあたりが定義上の近代のはじまりである。

 科学技術はのんびり自然に調和して生きる人間の頭から出てくるような、生やさしいものではない。自分は人間ではないという絶望的な自己否定の代償として生まれたものである。科学技術は工業を生んだ。工業は人々に新しい世界を開いた。新しい世界地図は、新しい世界をつくった人に書く権利がある。より安定的な満腹感と安全を求めて、世界は空前の椅子取りゲームをはじめた。

 貨幣が近代らしい貨幣に変身するのも、近代という時代が椅子取りゲームの時代だったからである。近代らしい貨幣、それは人より多く蓄えることに深い意味がある貨幣である。人より多く貨幣を蓄えて何をするのか。椅子を買うのである。椅子取りゲームの椅子は貨幣で買うのである。     

 しかしこの椅子は一度買えばいつまでも持っていられるというほど安泰なものではない。椅子を買って相手に渡した貨幣はめぐりめぐってより高い価格で椅子を買い取ろうという人の手に渡る。彼らは今の椅子の持ち主から、より高い価格で椅子を買う。そして貨幣はまた次に椅子を狙う人の手に渡る。この椅子取りゲームの椅子、それは権力と呼んでもよいかもしれないが、本質的にはより安定的に満腹感と安全を享受する権利のことである。要は近代という時代は、生きている人間全部に満腹感と安全を供給できないことから生まれたのである。

 近代の最後に見えた姿は、とんでもない貧富の格差だった。椅子取りゲームの椅子が高くなりすぎて、椅子を買うことができるごく少数の人と、いつまでたっても椅子にありつけない人との間で争いが起きた。何百年の怨念が、世界を戦乱の柑堝に陥れた。日本にも火の粉が飛んできた。

 浩一郎は一応そこまで覚えている。しかしそれから先世界がどうなったのか、不思議なことに覚えてない。遠山谷に来てから忘れてしまった。遠山谷で過ごした何年かの間に、歴史の断層があったようだ。時間の不連続があったような気がする。

 雨宮浩一郎、彼はいま歴史の断層の向こう岸にいる。それは未来のあなたの姿なのかもしれない。

Img_1830

| | コメント (8)

7月の「遠山郷の休日」

P6270289_2

みなさまこんにちは。
遠山藤原学校事務長の荒井茂樹です。

7月25日(土)、26日(日)の「遠山郷の休日」は 
現在4名様のお申し込み(仮)をいただいております。
まだまだ受付中ですので、この夏、遠い秘境、遠山郷に
ぜひ遊びにお越し下さいませ。

6月の「遠山郷の休日」の様子
http://araishokudo.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-362e.html

藤原も参りますので、ご一緒に休暇をお過ごししたいという方が
いらっしゃいましたら、どうぞ遊びにいらしていただければと思います。
今回も参加費などはございません。

今回は河原でバーベキューです。
上流に民家が無く、生活廃水も流れていないのでキレイな川です。
夏の河原でごはんを作り、ヤマメを焼いて、ビールを飲む。
そういう優雅な休日を過ごしたいと思っております。
釣り名人から教えて頂いた場所なので、釣り好きな方にもおすすめです。

その他の観音霊水や大杉、お饅頭屋などの
観光スポットも可能な限りご案内させて頂きます。

宿の手配などがございましたら、私が手配させて頂きます。
もちろん必要な方は平岡駅までお車でお迎えに参りますので、
ご希望の方はどうぞおっしゃって下さい。

ご参加をご希望の方は、
遠山藤原学校事務長 荒井茂樹
までご連絡いただけますようお願いいいたします。

メール:arai@fujiwaraoffice.co.jp

たくさんのご参加、お待ちいたしております。
夏の遠山郷を、ご一緒に満喫いたしましょう。

遠山藤原学校事務長
荒井茂樹 拝

| | コメント (4)

薪ろうそく

薪ろうそく、をご存知ですか?

Pic_0020 

玉切りした杉の木にチェーンソーなどで星型に切込みを入れます。そして真ん中に灯油などに浸した布を入れて火をつけると、ご覧のように切込みから空気が入って大変よく燃えます。これは山師の人たちが暖や明かりをとったり、獣を除けるために作っていたそうです。チェーンソーがなければちょっと大変ですがノコギリできれば良いです。キャンプなどでお試しあれ。

藤原直哉 拝

| | コメント (2)

南アルプスの山里に島がたくさんある?

遠山郷の入り口、JR飯田線平岡駅から和田までの間に、島のつく地名がたくさんあります。島は海ばかりの名前ではないようです。それでも深い山里にたくさんの島々、興味深いですね。

Pic_0232

Pic_0213

Pic_0210

Pic_0207

地名は歴史の変遷に耐えてなかなか変わらないものですが、日本全国、戦後になって昔の地名がどんどん消えていってしまいました。何とか残すことはできないものかと思います。

藤原直哉 拝

| | コメント (2)

酒屋がないのに酒屋前?

遠山郷の中心、和田地区と、我々の事務所がある木沢地区の間に、酒屋前というバス停があります。

Pic_0164

しかし、実際にそのあたりには酒屋はどこにもありません。きっと、昔ここに酒屋があったのでしょう。人口減少と高齢化は遠山郷でも切実な問題です。その点では日本の縮図でもあります。

| | コメント (2)

ゆ~楽もオープン

P7040322

遠山藤原学校事務長の荒井茂樹です。

かぐらの湯のリニューアル休業から明けて、
味ゆ~楽も昨日からオープンしました。

夕方までは通常営業、夕方からは寿司バイキングです。
今日からはまた通常営業に戻ります。

P7040323 

お寿司以外にも、色々とご用意しました。
お酒やジュースも飲み放題で、あるテーブル親子は
10本以上のラムネを飲まれていかれました。

昼はお客さんがすごく、昨日もオーダーが
ずっと並んでいました。

これからも是非ご利用下さい。

| | コメント (0)

7月の「遠山郷の休日」

P6270289

みなさんこんにちは。
遠山藤原学校事務長の荒井茂樹です。

6月27日(土)、28日(日)の「遠山郷の休日」は
おかげさまで18名の方にご参加頂き、大変盛り上がりました。
当日の様子はこちらからご覧下さい。
http://araishokudo.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-362e.html

また、7月も引き続き「遠山郷の休日」の募集をいたします。
藤原も参りますので、ご一緒に休暇をお過ごししたいという方が
いらっしゃいましたら、どうぞ遊びにいらしていただければと思います。今回も参加費などはございません。
次回は7月25日(土)、26日(日)となっております。

先日、地元の方よりバーベキューに最適な河原を教えて頂きました。
上流には民家が無く、本当にキレイな場所のようです。
そちらで皆様とごはんを作り、ヤマメを焼いて、ビールを飲む。
そういう休日を過ごしたいと思っております。
釣り好きな方がいらっしゃいましたら、ぜひチャレンジしてみて下さい。岩魚やアマゴが釣れるようです。

その他の観音霊水や大杉、お饅頭屋などの
観光スポットも可能な限りご案内させて頂きます。

宿の手配などがございましたら、私が手配させて頂きます。
もちろん必要な方は平岡駅までお車でお迎えに参りますので、
ご希望の方はどうぞおっしゃって下さい。

ご参加をご希望の方は、
遠山藤原学校事務長 荒井茂樹
までご連絡いただけますようお願いいいたします。

メール:arai@fujiwaraoffice.co.jp

たくさんのご参加、お待ちいたしております。
夏の遠山郷を、ご一緒に満喫いたしましょう。

遠山藤原学校事務長
荒井茂樹 拝

| | コメント (2)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »