霜月祭りを考える(3)
それから五大尊の修法では、5柱の神様を順にお呼びしますが、東、南、西、北、中央の順にお呼びします。とにかく最初が東なのです。しかし今の時代、地図は北を上にしますね。さらに大陸のやり方は天子南面す、ですから、南北のラインが中心です。しかし、霜月祭りでは東の神様からお呼びします。東は太陽の方角、北は北斗星の方角。太陽を信仰しているのか、星を信仰しているのか、という違いかもしれません。
さらに方角を言うときに、「きんせい」東方とか、「きんせい」南方というように、必ず「きんせい」の東とか南とか言うのです。金星信仰というのは古く日本にあった信仰のようですが、修験道の根拠地、熊野に縁の深い九鬼家には金星からの隕石という宝物が残っています。さらに九鬼家の文書の図では、東が上になっているのです。九鬼の秘密は知る人ぞ知る、日本の一番大きな秘密のひとつです(未だに完全に解けてはいない)。
とにかくこうしてみてくると、霜月祭りには古代日本の深い歴史が刻み込まれていると考えられます。中央構造線沿いに吉野、伊勢を経て様々な人や文化がやってきたのではないでしょうか。遠山郷は伊勢のほうから来ても、諏訪のほうから来ても、ちょうど行き止まりの位置に相当します。きっとその隠れ里とも言える場所に、何かが残されたのだと思います。そしてこれは私の想像ですが、庶民のお祭りという形で権力に歯向かわない形をとりながら、何かとても大事なものが残されたのではないでしょうか・・・。
そしてこの地図を見てください。遠山郷は日本のいくつかの非常に興味深いスポットをつなぐラインの上に乗っています。東京と大阪をつなぐ直線の上にありますし、特に真横に東西につなぐラインを見てください。決定的に日本の歴史を動かしてきた場所と富士山が遠山郷を経て真横につながっているのです。まるで日本列島のへそというか、重心の位置のようです。日本列島を龍体にたとえれば、心臓の位置かもしれませんね。
遠山郷には何か大きな秘密が隠されているのだと思います。徳川氏は遠山郷を天領にしましたが、あれだけ密教を大事にした徳川氏です。遠山郷の目的はただ単に材木だけではなかったのではないでしょうか。私はここが地域全体で霊場になっていたのではないかと想像するのです。しかし、書いたものでそうした証拠は、まったく、どこにも、残っていないのです・・・。
霜月祭りのこと、何かまた思いついたら書きたいと思います(終)。
藤原直哉 拝
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コメント
何やら怪しげな話で興味を覚えました。現在忙しくて心が縮み切っていて素直に感動できない状況ですが、少し暇ができたら追求してみたい気持ちです。
投稿: こめたに あきら | 2009年6月16日 (火) 18時16分
こめたに あきらさん、こんにちは。いつもありがとうございます。そうですかそんなにお忙しいですか。どうぞお時間を見つけて遊びにいらしてください。またお目にかかりましょう。
藤原直哉 拝
投稿: 藤原直哉 | 2009年6月16日 (火) 19時04分