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霜月祭りを考える(2)

霜月祭りが行われる神社にはすべてご神体があり、きちんと神様が祭られています。ところが霜月祭りでは、最初にご神体に向かって現代の祭式でお祭りをしますという祝詞を上げ、玉ぐしを奉てんするのですが、お祭りそのものはご神体に対して行うのではなくて、カマドに対して行います。

カマドは木に火をつけて土のカマドの上に金物の釜を乗せて水を入れて沸かします。すなわち、下から順に、木火土金水の順に並んでいるのです。そして水と火、天と地で、陰陽を表しているのだろうと思います。

日本では古代から釜の湯を振り掛けてお払いをするという祭式がありますが、霜月祭りでも最後に神官がそれを行います。しかしその前にこの釜の湯に神様をお迎えします。でも具体的にどこに神様がいらっしゃるのか。どこがひもろぎか?カマドの上の格子か、切り紙か、釜の湯か、それともカマド全体か・・・。

すなわち霜月祭りとは、ご神体に対するご挨拶の後、ご神体とは別のところに他所から来る神様をお招きして行うお祭りなのです。これも考えてみれば不思議な話です。

木沢地区のお祭りの場合、最初にカマドに、お祭りを司る神様をお呼びします。それは五大尊の修法によって行われます。これも木火土金水の順に5柱の神をお呼びしますので、この儀式もカマドと一体なのだろうと思います。下の写真はネギ様が印を結んでおられるところです。ちなみに九字も切りますが、九字は漢数字の八の字に切っていくのです。これはどこから来た九字でしょうか・・・?

Img_2444

そして五大尊の神様が御鎮まりになってから五畿七道(江戸時代までの全国)の神様をお呼びします。

平安時代の歴史物語である栄華物語には、五大尊の修法が出てきます。これは藤原氏が私的に行うことが多かった修法で、当然、密教の儀式です。ですから霜月祭りも基本的には密教の儀式によるお祭りであると考えられ、それをお寺でなくて神社で行うわけですから、ご神体に対してではなく、カマドを戒壇にして、そこに神様をお呼びしてお祭りをするのだろうと思うのです(つづく)。

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コメント

藤原先生、
霜月祭りで、ちゃんとカミサマがたがお越しになるでしょうか?

そこのところが最重要課題ですね。

投稿: yupon | 2009年6月11日 (木) 06時59分

yuponさん、こんにちは。いつもありがとうございます。密教の儀式は印と真言と心が一致しなければ効果はありません。ですから真言宗や天台宗で行われている密教の儀式は、それはそれは厳粛に行われていると思います。平安時代の栄華物語を読むと、密教の儀式と神道の儀式の両方を宮中では行っていたようで、神道の儀式は貴族が自ら行いますが、密教の儀式は僧を招いて行っていました。遠山郷の場合にはこの儀式を神社で行います。ですから神官・祭員は地元の人たちです。したがって根本的に密教の儀式とは異なる部分があるのです。それが何を意味していて、どんな効果をもたらしているのか、研究していかなければなりませんね。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年6月11日 (木) 07時46分

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