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2010年11月23日 (火)

藤原直哉の「21世紀はみんながリーダー」 2010年11月23日 大衆の終わり

大衆の終わり

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コメント

  自分で考える 仮説を立てて実験
1 50肩になれば腕が思うところに届かない
2 あせらず根気良くストレッチをすれば届くようになる
3 首、肩の筋肉の手入れをしなければ 1 と同じことが起きている
4 長く1のような状態が続けば、固くなったゴムのようになる。
5 固くなったゴムを少し引っ張ると、ひびが入る。
6 首肩の筋肉でも同じことが起き、ひびが入れば激烈に痛む
7 そんな状態で、何かの拍子で大きな力が加われば腱の断裂が起きる。これは大変なこと
8 本当に軽く、ひびが入らないようにストレッチをやってみよう
9 解決策はストレッチ以外に無い (私の仮説)
10 自覚症状が出てからでは年単位の時間がかかるので若いうちからストレッチが必要
11 全ての筋肉について成り立つと思うが特に首肩の回りの筋肉について、ひびが入らないようにやろう(強くストレッチしない)
12 ストレッチが足りなければ、相応に疲れやすくなると理解するのが良い。

投稿: kunio | 2010年11月23日 (火) 20時21分

kunioさん、みなさん、こんにちは。いつもありがとうございます。お元気にご活躍のご様子、何よりです。まずとにかく健康からですね。健康だと世界が広がりますね。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年11月24日 (水) 05時54分

 逆に言えば、今までが『普遍的な価値観』を信奉し、またそれによって縛られていた時代だったとも言えるわけですね。

 会社に朝から晩まで勤めて一生懸命労働するのが『美徳』とされたのが、今までの時代だったとも言えるでしょう。

『労働は美徳なり』『働かざるもの食うべからず(まずパウロがこのように発言し、後にレーニンが貴族を弾圧するためこの言葉を利用した〉』

 今では美徳とされているこの言葉も、果たしてそうなのか、一度立ち止まって振り返るべき時期に来ていると思います。

『労働は美徳なり』とは、よく日本人が好んで使う言葉ですが、果たして正しいのか?過剰なストレスを抱え込み、家庭は半ば崩壊気味になっても会社のために働くのが果たして『美徳』なのか?また、過労死や自殺、うつ病などの精神的病を抱え込んでまで働き続けるのが果たして『美徳』といえるのか?

 よく言われるのが、『人生一度きり論』ですが、だから一生懸命生きるべきと唯物論、無神論の信奉者たちは言います。ですが、『一生懸命生きる』というのは、果たして家庭や体を破壊してまで労働に励むことでしょうか?もっとも、それも自殺や過労死してしまえば意味がないと思いますが〈笑〉。

 逆に、出口氏の皇道経済のように、一日の労働時間を短縮し(目安として4時間程度が望ましいのでは〉、その空いた時間を家族サービスや趣味、畑作業やボランティアに費やしたりすることが、果たして『怠け者の自堕落な生活で、人生を無駄にしている』となるのでしょうか?
 
 金にならない、富を生まない作業は『無駄』なのでしょうか?一生懸命生きていないことになるのですか?

 それに『一生懸命生きる』ということであれば、北朝鮮の人民たちはそりゃあもう必死に『一生懸命生きている』と思いますよ。あれだけ足を高く上げて『マンセー』と叫びながら行進し、必死に国家のため、将軍様のために『一生懸命』忠誠を尽くしております。おかげで周辺国はいい迷惑ですが。

 ただがむしゃらに何かひとつのことに『一生懸命に』没頭することが、確かに偉大な発見や発明につながったこともありました。アインシュタインもそうでしたし、ノーベル賞を受賞した日本の科学者の方々も、基本的にはそういうタイプです。ですが、それを『普遍的に』全ての人々に求める時代はもう終わったでしょう。何かひとつのこと一辺倒の時代は終わったのです。『労働一辺倒』=『勤勉』、『国のために働くこと』=『忠誠』…確かに、これらの概念はその時代においては『美徳』とされましたが、もはやそういう時代も終わりつつあります。『勤勉』や『忠誠』をただ単純に『美徳』とする時代はもう終わりです。

 もちろん、これからもアインシュタインタイプの人が偉大な発見をするかもしれない。しかし、それはあくまでも『個人』ないしは『研究機関』などの『個別の組織の個性』として発揮されることはあったとしても、それが社会全体に必要とされるということはおそらく終わりに近づいていることでしょう。

 ついでに今までの時代の価値観をまとめると、

『労働は美徳なり』
『金が全て』
『唯物論、無神論は合理的(逆にそれから外れた価値観の持ち主は潜在的なカルト信者予備軍扱い〉』
『弱肉強食』
『何事も向上することがいい』
『一度きりの人生だから一生懸命生きることこそ素晴らしい』

 まだありますがこんなものでしょうか。結局、我々現代人は『自由だ』『民主的だ』『昔よりも進歩している』といったところで、一方では時代の価値観にそぐわないものをある意味力尽くで排除してきた(暴力だけではなく、嘲笑などの差別も含めて〉のですから、根本は何も変わっていないのだと思います。藤原先生のおっしゃる『衛生の思想』で全体を纏め上げようとすること自体が、我々がまだ未熟なのでしょう。

 おそらく、これから来る社会は、世界全体が小規模な『村社会』ないしは市町村などの『地域主権』で構成された『普遍的価値観が幻想とされる形』になっていくと思います。

 スピリチュアル関連の人の話を聞くと、『人々ないしは村などの小集団が自発的に自由に行動し、その結果世界全体が安定していくといった、そんな形になっていくだろう』という感じです。この流れで考えれば、中国やアメリカ、他ロシアなどの大国も、いずれは分裂していくであろうことは明白です。今はちょうど最後の足掻きの時期なのでしょう。ちょうど北朝鮮がまた馬鹿なことをやらかしておりますし。

 だから、まだ『衛生の発想』で世の中を動かそうとしている連中がいる限りは、所詮我々も『未開人』と代わりありません〈笑〉。おそらく『本当に進歩した文明』では個々人ないしは小集団の『自由行動』が『全体』をよりよくするといったことが『ごく自然に』行われているのだと思います。逆に、『衛生の思想』はどこかしら『不自然さ』が伴います。それは、まだ我々が未熟だから、そういう『力』に頼らざるを得ないということだと思います。
 
 より進んだ世界はおそらく『自然的』で『自由』です。そして、今がその移行期なのでしょう。

投稿: +9 | 2010年11月24日 (水) 23時58分

+9 さん、みなさん、こんにちは。いつもありがとうございます。まったくおっしゃる通りです。来年は内外ともに体制が動く時ですね。弾もますます飛ぶかもしれません。そうやって新しい時代がやってくるのでしょう。しかしその本質はおっしゃるとおりで、20世紀までの常識とはすっかり変わるのだと思います。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年11月25日 (木) 06時36分

自立、他の人の目が気になるという話は、最近自分がずっと考えていることなので、すごく参考になりました。これから解き放たれるには、天を信じ、本当の意味で自立した生き方をするしか、ないのでしょうね。

投稿: ホリ | 2010年11月25日 (木) 08時12分

朝おきてパジャマから作業服に着替えて、朝飯前に畑に出て野菜の世話をして収穫して、朝食のあとクライアントにTEL。午後の商談を決めて、午前中はヒマなので「肥えくみ」をやって、草刈して汗かいたのでシャワーして着替えて、昼飯。昼一にクライアントに会うためスーツ着て商談。帰りに建設資材屋に寄って週末に友人と一緒に建ててるログハウスの資材の買い付け、帰宅後別の作業服に着替えてデザインの仕事して、夕方ちょこっと時間が空いたので薪割り、晩飯を掻きこんで夜は「村おこし」のイベント会議。帰ってフロ入ってパジャマに着替えてかあちゃんとえっちして寝る。

ああ、懐かしきかな青春バブル時代。

投稿: yupon | 2010年11月26日 (金) 06時22分

みなさん、こんにちは。いつもありがとうございます。いいお話をありがとうございます。本物の戦国時代になってきましたね。道は前に見えなくとも後ろにはできてきます。自分で自分の道を切り開くしかないですね。そのときに、友達がいると勇気百倍です。新しい日本はそうやって開けてくるのだと思います。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年11月26日 (金) 07時12分

藤原先生。

大衆の終わりはネットインフラがこれだけメジャーになれば無理ですよね。
と言うか里山に暮らそうと都会に暮らそうとネットがあるので生活に必要なものや情報格差も解消しますし、
むしろ都会の一等地で人件費だの地代の上乗せ価格より
ネットの通販の方が安かったりします。

動画サイトも同人や個人の作品の方が既存メディアで
必死に売り込んでるものより秀逸なものがあったりしますし、これからは自分の感性が拠所になっていく事例が
沢山出て来るでしょうね。

私はPCも無線も自作(プリント基板のエッチングからやったり)しましたし、家の修理とかキャンプしながらツーリングもしたりなど色々やってきましたので
生活力的なものは何とでもなるかな?と思っています。
お陰で学校もろくろく行きませんでしたが・・・
(学歴社会なのに教科書にエジソン載せたら駄目だろ・・・苦笑 と子供時代に気が付いちゃったわけで・・・)

飯盒でご飯炊いたりU字溝の上に網載せて焼肉したりとか
マクガイバー(アメリカのドラマです)的な器用さが
私には合ってるようです。

新潟の中越地震の時、近所の人達で色んなものを工夫してBBQパーティーをやって酒飲んでた人達。
(不謹慎と揶揄してた連中もいましたが)
避難場所でろくな食料も無く
寝るのも車内とかで怯えてた人達。
この対比が最近では一番イメージとして残ってる記憶です。

なので土壇場になったら私はどっちに行くかは私にはもう判っている、なのでそんなに慌てないんだろうなぁと思っています。

藤原先生にも何かこうそういう生活力ありそうな行動や発言があるからこうしてここにお邪魔しているんですよ。

投稿: 見学者 | 2010年11月27日 (土) 06時48分

見学者さん、みなさん、こんにちは。いつもありがとうございます。今週はウィキリークスが公開した米国の電報が大きな波紋を広げています。米国の外交のカーテンが明いたと。確かにすごい内容ばかりですね。まさにインターネットの力です。でもこうやってインターネットで情報が流れて世の中の実相がみんなに知られれば知られるほど、みんなそれぞれに自分の生き方を考えていくことになると思います。ロハスな生き方もその神髄は神々しく生きるということですし、これから世の中はふるい落としがありながらもよりよくなっていくのではないでしょうか。その苦労の中でみなさんもう一度、生活力を磨いていくと思います。再生の時代ですね。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年11月29日 (月) 09時22分

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