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2010年8月10日 (火)

藤原直哉の「21世紀はみんながリーダー」 2010年8月10日 里山から見えてくるもの

里山から見えてくるもの

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コメント

 これからの時代、進むべき道があるとしたら、私は「都市と農村との融合」ではないかと長年思っておりました。ある程度人間の技術を残したうえで、現在よりも技術による影響を低減させ、その分自然との融和を図る。この道しかないのではないかと。

 最近よく疑問に思うのですが、果たして我々は、本当に「便利になった」のでしょうか、あるいは「快適になった」のでしょうか。

 まあ便利と言えばそうなのかもしれないが、一方で今の生活を「快適」と言う人は、逆に減ってきているんじゃないかと。まあ統計を取ったわけではないので何とも言えないのですが。

 例えば、気候変動。最近のそれは異常気象というのが最も妥当だと思います。我々は部屋でクーラーや冬では床暖房などを使用しますが、部屋の外から一歩でもでれば、およそ一昔前には思いもよらなかった猛暑やら豪雪やらに襲われる。ここ数年なんとなくそう思っていたのですが、特にこの数ヶ月間はその思いが強くなりました。

 ロシアでは38度を記録し、方や南米では、0度以下にならない地域でさえ、豪雪と寒波で凍死者が相次いでおります。

 日本などまだいいほうで、パキスタンでは50度の炎天下で、その上大災害も起こっている。チベットなどもそうです。確かに、いつの時代にも異常気象はあったかもしれないが、最近起こっているものは、短期間の異常気象(たとえば一日二日と言った)ではなく、極めて長期間に及び、しかも気温の変化が極端なものばかりです。暑いか寒いかしかなく、雨が降ればゲリラ豪雨で、雪が降れば豪雪です。こんな極端なことは、私の両親に訊いても「生まれて初めて」だそうです。

 また、それ以外でも、例えば都市の生活。隣にだれが住んでいるかもろくに知らず、鍵は何重にもかけなくては危なくて仕方がない。防犯グッズなどを用意していないと襲われたり、家の中でさえ盗聴されたりすることもある。

 一つ一つの事例に限れば、確かに便利さは増しているかもしれないが、全体としてみれば、ますます住みにくくなっているような気がします。

 果たして我々は、本当に「快適になった」のでしょうか?

 19世紀、人々は、技術を発展させていくことで、やがて21世紀には「理想郷」が生まれると、本気で信じておりました。マルクス主義みたいな社会設計論がはやったのも、この技術向上が著しい産業革命の時代なのです。

 多分、19世紀の人がタイムスリップしてきたら、首をかしげてこういうでしょう。

「あなたたちは、宇宙へ人を送り出せる技術があり、再生医療まで実現させながら、なぜいまだに社会は混乱しているのか」と。

 それこそ、「技術の使い方が悪いのではないか」とかいろいろ不思議がられると思います。

 残念ながら、19世紀の人々が予想した通り、技術によりユートピアが生まれるということにはなりませんでした。これを実証したのが、皮肉にも21世紀の我々なのです。

 地球温暖化にはいろいろと議論がありますが、本当に温暖化が起こっていようといまいと、あるいは人為的な環境破壊が異常気象の原因であろうとなかろうと、一つだけはっきりしていることは、「人間は決して自然には勝てない」ということでしょう。

 我々は「便利さ」「快適さ」を求めて、経済を発展させ、技術を向上させた。その過程において、物質以外のさまざまな文化や伝統、知恵なども軽視してきたところがあります。

 しかし、その末路がまるで自然からのしっぺ返しのような異常気象です。確かに、部屋にこもってクーラーをつければ、暑さはしのげるかもしれないが、これでは外で作業したり仕事をするには大変苦しいでしょう。

 本当に快適になったと言えるのだろうか。最近つくづくそう思います。

 もう我々も価値観を改めなければならない時期に来ているのでしょうか。

 経済発展や技術発展、物質への傾倒は、私は人々の「空虚感」「虚無感」を克服するために必要なものだったとは思います。結局、人々の虚無感を物質的な発展や欲望の充足により克服してきたのでしょう。それが20世紀までだったと考えております。だから、「唯物的価値観」(唯物論)でも「拡大すべきフロンティア」が豊富に存在しているうちはまだ通用していた。

 しかし、最近ではもう発展する領域を失いつつある。新興国だの中国だのと騒いでも、あれらの国々がアメリカ並みの生活を求めたら、地球があと何個も必要になるという話を聞いたことがあります。いや、それどころか、たった一つの地球にさえ、「異常気象」というしっぺ返しを食らって慌てふためいている。これが現在の人類の姿です。

 最近ではキリスト教圏の欧米でも、生まれ変わりや死後の世界を信奉する人々が徐々に増えてきているみたいです。日本やアジアだけで増えているというならまだしも、これらの地域でさえ広がりを見せていること自体、価値観が変わりつつあるといっても差し支えないのかもしれない。それこそ科学者が人工知能が実現できる!などと息巻いているこの時代で、逆にその流れに逆行しかねない輪廻の概念が人々に広まりつつある。近代以降の「合理主義の揺らぎ」がまさに起きている。これに関しては、去年の中央公論で、見田宗助氏と三浦展氏が対談で触れております。

 以前にこちらで紹介したジェームズ・レイニンガーの話みたいなものは、今後ますます増えていくものと思われます。その割合が増えてくれば、それをすべて錯覚だのインチキだのと片づけることはできなくなるしょう。そうなってくると、いやおうでも今以上にきちんと検証し、生まれ変わりなどの実証に科学の力が及ばざるを得なくなるかもしれない。あるいは、どうしても科学が唯物論の域を出ず、扱えないというならば、科学とは別の価値観を見出していかざるを得なくなるかもしれません。

 結局、「私たちはどこからきてどこへ行くのか」という問いに、従来の唯物的思想では解答できないということに気がつき始めたのでしょう。「あなたがあなたやっているのは、地球上に存在するあらゆる時代の人類の総人数分の一の確率です」などというのは、まったく解答にはなりません。「なぜ私は私なのか」という「必然性」を問う問いに対し、これは「確率論」という「偶然性」を持ち出している。こんなもの、なんの答えにもなりません。

 リーマンショックが起こり、社会が次第に停滞していく中で、少なくとも時間的には余裕が出てきたのか、人々は次第に「自分とは何か」について考えていかざるを得なくなった。

 一度火が付いたら止められないとはまさにこのことでしょう。この流れは加速することはあっても逆行することはありません。今はちょうどその過渡的な時期なのでしょう。

投稿: +9 | 2010年8月10日 (火) 21時02分

+9さん、みなさんこんにちは。いつもありがとうございます。おっしゃるとおりですね。社会が今までのように動かなくなってきたとき、人は改めて考え直しを始めるのだと思います。日本は既にそういう時を20年近く過ごしています。そろそろ結論を出して前に進めるときですね。そしておっしゃるように唯物論ではもはや未来が見えないのです。21世紀はおもしろい時代になりそうです。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年8月11日 (水) 06時20分

藤原先生、皆さん、お久しぶりです。
4月からなんとか再就職出来、今日も働いてきましたよ。もちろん嫌な事もあるのですが、本当に「朝起きて、ちゃんと行く場所がある」というのは嬉しいことですね。

最近趣味で語学をやり、「滅びかけた欧州(笑)」、それも特に中欧から東欧の「ヨーロッパの田舎」の若い人とメール交換をしたりするのですが、どっこいその若い人たちは、今までと違う欧州の役割をちゃんとわかっていたりして、驚愕したりしています…。
本当に「悪い奴ら」は少数派なのですね。それも命脈が尽きようとしているので、大嵐の後は「ちったぁいい事が起きるかもなぁ」という感じなのかもしれません。

私は取りあえず出来る事をしようと、市民農園を再確保し、仕事の合間を縫って再生中。秋からは根菜を中心に植えようと思っています。
1年以上失業経験もありますから、何が起こってもいいように「和戦両用」の構えで、日々過ごしています。
そのうち小田原へ遊びに行きます…ようやく旅費&宿泊費も都合がつきつつありますので(大笑)!

私の住む房総も、少しづつですが「新しい芽生え」は見えてきていますよ。ハマコーのじいさんが逮捕されましたが、これまで「ハマコーのおかげで」と言ってきた連中も尻に帆かけて逃げてしまい、厳しい現実と、それを乗り越える力を、人々は見出していくでしょう…。

そうそう、一度小湊鉄道に乗りに来て下さい。昭和レトロというだけでなく、東京からこんなに近いのに、なんだか心安らぐ時間が過ごせますよ…お盆休みだけどどこにも行くあてのないという方にも、日帰りで行ける小湊鉄道といすみ鉄道の房総半島横断の小さな旅、オススメです。

投稿: TOMO | 2010年8月11日 (水) 22時50分

TOMOさん、こんにちは。いつも大変ありがとうございます。ますますお元気にご活躍のご様子で、何よりです。おっしゃるとおりで、悪いのはほんの一握り。しかも世の中が良くなっているから慌てているばかりで、整理がつけば新しい世の中があちこちから広がってくるでしょう。農園もやっておられるのですね、すばらしいですね。どうぞ小田原に遊びにいらしてください。房総も時々ドライブに行っております。はい、今度はぜひ小湊鉄道といすみ鉄道を訪れます。わたしも実は、鉄っちゃんなのです。すごい時代だからこそ、その先に思いをはせて行動していくことが大切ですね。それを実践しておられて、すばらしいと思います。どうぞますますご活躍ください。ありがとうございます。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年8月11日 (水) 23時21分

北海道で農を業としているトマトです。

東京にいた8年ほど前はデジタルぼけの私でしたが農業研修を経て新規就農して最近はアナログの力の大切さを実感しております。


さて、私の住んでいる北海道では村の歴史は開拓・開墾から始まったため御山とかの考えはまるでない、だから里山というものもないような気がします(行政は「北の里山」ということを行っていますが本州の里山とはかなり違うようです)。

畑も何年か耕作しないとすぐに元の原野に戻ってしまいます。

また一人当たりの農地が広過ぎて自分の畑を全て耕作・管理するのがたいへんです。雑草管理にも大量の除草剤を使っている有様です。
私はグリホサートは使わない主義なのでハンマーナイフモアーと刈払機で対応しています。


そして、雑草対策としてハーブや景観植物を徐々に植えています。それらのせいか、今年は何人かの町のひとに「ここにくると癒される」と言われるようになりました。

私たちが「いい」と思う農場・景観を同じように「いい」と思う人がいるんだな、と嬉しくなりました。私たち夫婦がいつのまにかロハスなライフスタイルになっていて周囲もロハスな人が増えてきたのでしょうか。


里山はなくても自分のまわりの自然に対してただ収奪するのではなく里山的な農場を保っていきたいと思います。

投稿: トマト | 2010年8月12日 (木) 04時15分

トマトさん、こんにちは。いつも貴重なお話を大変ありがとうございます。北海道の農業、いろいろとチャレンジングな事が多いと思います。そうですね。言われてみれば北海道は本州で言うところの里山という感じではないですね。自然の違いでしょう。でも健康と景観を考えてお仕事されておられるご様子、すばらしいと思います。ロハスという言葉は今はあまり使われなくなりましたが、その意味するところは確実に世の中に広がりつつあります。その先端を行っておられますね。どうぞこれからもますますその流れを発展させていかれてください。小さな流れがやがて大きな流れになっていくと思います。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年8月12日 (木) 08時08分

藤原さん、こんにちは。
吉田裕一(yupon)です。
台風が日本海にきて、久しぶりに雨の一日です。
北安曇では梅雨明け以後ずーっと雨らしい雨が無く、畑がカラカラに乾燥していたので、ほっと一息つけそうです。

今日の放送、遠山のことについてだいぶ話されていましたね。
畑のスタッフの一人としてコメントさせていただきますが、
一月に一回人が集まる畑の作付けというのは本当に難しいですね。
収穫適期に誰もいない・・・というのはある意味畑作業にとっては致命的ともいえるのですが、今回の放送を聴いてある程度自分の中でモヤモヤしていたものがスッキリしたような気がします。

やっぱり、藤原さんが遠山でやろうとしていることは日本再生のための「型を示す」ことなんだと。

確かに畑の収穫という点だけでいいますと、収穫適期に誰も居なければ「若い衆」がやってきて「これはオラのものだにー」って持っていくのも当然かもしれません。
(注:「若い衆」とは遠山ではサルのこと)
そのことだけを取り上げて「うまくいかない」とか「やってもムダ」と考えてはいけない。
畑作業を活動の中心におくことで、毎月我々旅の衆も集まって楽しめるし、地元衆にもかかわってもらえる。
そのような旅の衆と地元衆と若い衆や他の鳥獣と、時にはカミサマも集まってのコミュニティつくりをあの畑でやろうということですね。
あそこから生まれてくる輪がこれからの日本再生に向けた「型」になると・・・いうことであれば、我々としてもなお一層奮発して与えられた役割を演じなければいけません。
まずは「週末には誰かがきて遊んでいる」「今週末に行ってみよう、誰がいるかな~」くらいのレベルを目指して遠山藤原学校の雰囲気を盛り上げられればいいですね。


それにつけても、多少収穫がないと我々旅の衆も愉しめないですから、年間の作付け計画や土つくり計画もよく考えないといけませんね。
今月の遠山藤原学校は日曜日は参加できませんが、金曜あたりに先のりで大喜さんや藤尾さんが遠山入りするようですから、僕も行けるようスケジュール調整してみます。

投稿: yupon | 2010年8月12日 (木) 10時01分

藤原先生、皆様こんにちは

最近読んだ本の紹介をさせてください。

後藤忠政さんの「憚りながら」 守屋武昌さんの「普天間交渉秘録」 阿尾博政さんの「自衛隊秘密諜報機関」

今回は、阿尾博政さんの紹介をさせてください。

諜報という影の活動、この大国「日本」には、超優秀な諜報機関がないと存続し得ないと思っていました。 その全容をうっすらと理解させてくれる本です。  諜報活動を国民にさらす事は、足を引っ張られるだけですが、過去の活動を伝える事は、大変意義があると思います。 愚痴やクレームや不満の募る現在では、もっと各分野の人々の国や人生に対する心意気を広めるべきだと感じています(一般、役人、公務を問わず)。  懐疑を伝播させる愚かな事は、そろそろやめましょう。 

藤原先生の言われる「天のシナリオ」 はじめに聞いた時は、天任せか・・と思ったのですが、職場で意見がずれる時、「皆天のシナリオで動いている」と思うだけで納得がいくのです。 その時、先生の言われる事が理解できました。 皆、良かれと思う事をしている ただ価値観が少し違うのだと。

本の中で、数々の人物が出てきます。 数々のミッションが紹介されています。 影の舞台で活躍された無数の愛国者達、私達は知りませんが、私達の安全を支えていてくれた人達です。 

「強く思えば叶う」これは実証済みの常識になりつつある考え方。  という事は、「無理だよ!」は間違えた考え方(時間軸を無視している)。  よって、「挑戦し続ける事」が普通の考え方になると思います。 挑戦を妨げる事をするのは、命を縮める効果があると思います。 (難しい話になっちゃいました)


阿尾さんの本 お勧めです。 国を動かす力を知りたい方は一読ください。

(本文タイプ中に誤って全部消してしまい、急いで打ち直しましたsweat01 気が抜け、文章も気の抜けたものになったようですwobbly

最後までお読み頂き有難うございました。

投稿: 儚 | 2010年8月13日 (金) 03時36分

 儚さん、こんにちは。阿尾さんの本私も読みました。「諜報は誠なり」という考えに驚き感心しました。なにごともこの精神が欠けるとうまくいかないのではないでしょうか。藤原さまがいう「御用達経営」も然り。リーダーシップも農業も然り。

平和ぼけしている私はこういう地味で命がけな活動があるのかと教えられました。下手なスパイ映画より面白いですよね。

投稿: トマト | 2010年8月13日 (金) 04時14分

みなさん、こんにちは。いつもありがとうございます。

yuponさん、いつもありがとうございます。おっしゃるように型を出しているのだと思います。実際に木沢のみなさんも大変喜んでくださっておりますし、何とか未来志向で続けていきたいと思っています。そのためにもいろいろと工夫が必要ですね。そばとかイモのようにあまり手のかからないものに絞る、地元で作っていないものを作る、加工に踏み出す、いろいろあるかと思います。試行錯誤しながらやってまいりましょう。あとから振り返ると今ぐらいの時期がそのうちとっても懐かしくなるのではないかと思います。

本のご紹介ありがとうございます。ある意味では関係者が知っていたことが公にされる時代ですね。官邸機密費のことも今度役人が法廷で証言しますね。日本も戦前は国連の常任理事国になり、英米を相手に大戦争を仕掛けた国ですから、情報も謀略も相当なノウハウを持っていました。ですから戦争を生き残った人たちが今度は冷戦を戦うということになって、それなりに実力と思いを発揮したことは想像に難くありません。そして情報でも謀略でも戦前の遺産のかなりの部分は戦後、米国が持って行ったと思います。ドイツについてもそうですね。さらに下手をすれば日本やドイツはソ連中国に侵入されて取られてします。彼らに取られる前に自分たちで囲い込まないと、それが戦後の冷戦初期における米国の発想だったと思います。そのためいじめ抜いたり威張り散らしてはかえって逆効果。上手に懐柔して取り込み、ところどころ脅かすというやり方ですね。だから戦後の日米関係というのは実に奇妙な関係なのです。戦勝国と敗戦国でありながら奇妙な連帯意識ともたれあいが出てくるのです。ところが冷戦が終わってからそれが本格的に変質するのです。すなわち軍事戦争が経済戦争になってからは、日米は本格的に経済的利益を巡って戦い始めたわけです。ところが日本側がその経済戦争のシビアさを理解できなかった。それでやられちゃった、そんな感じが強かったですね。米中は米中国交回復のときから軍が蜜月になっていた。共同で西域にソ連のミサイル監視の基地何かを作っています。だからもうその時点で冷戦を前提にした日米安保は機能しなくなっていた。しかし日米の奇妙な関係があってあまり双方シビアに考えなかった。それで80年代に日本経済が米国の足元を揺るがすほど強くなる。それで米国は一種のヒステリー状態になり、日本たたきと中国を当て馬に使った日本の産業弱体化を国家戦略として進めてくる、それでも当時の日本はよくわからなかった。それも戦後の日米の奇妙な蜜月の頭が切り替わらなかったからです。そして相場の暴落、地下鉄サリンとあって、日米関係は今までの奇妙な蜜月ではなくて上下の従属関係という形に名実ともに変質していくわけです。それが金融ビックバンであり、自衛隊の海外派兵へとつながっていくわけです。

共産党も昔は武力革命を唱えていました。過激派も昔は中東で軍事訓練を行い、ものすごい爆弾を作っていました。やるかやられるか、そういう緊張感はずっとあったわけです。極道との関係もそうですね。戦後の混乱期は極道が警察をやっていたところもあったわけです。中国でもよく暴力団が出てきて農民や労働者を追い散らしますが、ああいうことは昔の日本でも珍しくありませんでした。持ちつ持たれつ。逆に犯罪が起きた時、極道に聞けばだれがやったかわかったわけです。そして極道に犯人を出してもらえば決着、ということも決して珍しくなかったわけです。でもそれも、暴力団対策法で完全に様変わりです。こうなると極道は当初想定された通りにマフィア化。それがふりこめ詐欺はじめさまざまな問題になって今日に至っているわけです。ご紹介くださった3冊の本を読むと、何かその裏に今まで表向きには敵対関係にあった、あるいは利害が完全に対立しているはずだと思われてきた人と組織の間に奇妙な親しい関係があることに気づかれると思います。昭和というのはそういう時代だったわけです。今よりよっぽどアナログな時代、すなわち白と黒を明確に分けられなかった時代なのですね。今では外務省なんかも米国オンリーさん、清潔第一、価値観外交が大切みたいな状況で、国益のためにアナログな活動をするということはやっているのでしょうか??

しかし時は流れましたね・・・。こういう話の舞台裏が堂々と本になるということは逆から言えば今は既にそういうことが過去のことになっているということでもあります。おっしゃるように精神が消えてきたのではないでしょうか。海外を見てもマフィアも仁義なき、ただひたすらカネをめぐる抗争に明け暮れ、CIAもKGBもモサドもかえって自分の国を危うくする結果にしかなっていないし・・・。世界中で国益という言葉の意味がみんなにわからなくなってきているように見えます。そういう意味で20世紀は終わったんだなと感じています。森内閣、小泉内閣、安倍内閣あたりの官邸機密費が全部公開されるととても面白いですね。それらを踏まえてこれからどうするかですね。

さてさて、ずいぶん長くなってしまいました。改めて我々は新しい日本の思いと形を作りなおしていく時です。目先の利害損得では新しい国は作れません。日本は最後は言霊で動く国であり、理屈では動きません。そのあたりをよく頭に入れながら日本再生をしていくことが大切ですね。今日のみなさんの明るく温かい日々の思いと努力の積み重ねの結果として新しい日本が生まれていきます。精進してまいりましょう。

ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年8月13日 (金) 08時06分

藤原直哉先生、こんにちは。

官房機密費がらみで裏で相当ゴタゴタ荒れているようです!

NHK解説委員影山日出夫「自殺」は官房機密費がらみでの口封じか? より転載します。
http://warabidani.blog81.fc2.com/blog-entry-3216.html
≪今テレビ局では凄いことが起きてる 親日の日本人が報道姿勢に疑問を投げかけると配置転換なり子会社左遷なり、ついに恐怖体制になりつつあると ローカル局の技術系の人が言っていた。≫
信憑性が高そうな話ですね。
≪仕事場のトイレで自殺って、のりPの昔のマネージャーと同じじゃ? ≫
≪そりゃNHKの解説委員が官房機密費貰ってたのがバレたら懲戒免職じゃ済まない。NHK会長以下幹部全員の首が飛ぶ。

つかNHKの政治部は森喜朗総理会見の指南書を作ってたことがバレたことがあったよね。
あの頃から既に癒着してたんだろうな。

政治家寄りどころか、一心同体ではないかという事件も発覚した。
五年前、森喜朗首相(当時)の「神の国」発言をめぐり、その釈明会見の「指南書」が内閣記者会で見つかった。NHK側は否定しているが、NHK記者が書いたのではとうわさされた。
単に口封じだけではなく、NHKに対する見せしめ説も考慮する必要がありそうだ。むしろこれのほうがNHKトイレ内で「あえて自殺した」辻褄が合う。 ≫


8.13 現役のキーマン官僚が証言台に
≪「官房機密費」問題があらためて話題を集めている。自民党の野中広務元官房長官や、平野貞夫元参院議員らが相次ぎ「政治評論家に配った」「政治部記者の遊興費に使った」と衝撃告白しているためだ。そんな中、官房機密費をめぐる注目裁判が今夏、大阪地裁で開かれる。すべてを知る現役官僚が、法廷で初めて証言台に立つのである。
(中略)
 官房機密費の表も裏も知り尽くした現役官僚の出廷に、関わった政治家、評論家、新聞記者は戦々恐々だろう。洗いざらいブチまけられれば、メディアを揺るがす一大スキャンダルに発展する。
「とはいえ、機密費を扱う要職に上り詰めた官僚が簡単に口を割るとは思えません。まして現役ならなおさらです。千代氏は秋田県に出向していた時、県主催の懇談会の場所や相手方の公開を求める公文書公開の答申に対し、企画調整部長として一部拒否の方針を示した過去もあります」(大阪地裁担当記者) 「爆弾証言」は飛び出すのか否か。8.13は注目である。≫

こういう重要な証言をする人が不審死しないように
対策しているのでしょうか?

山口剛彦さんや石井こうき議員のように
ならないか心配です。

鷹拝

投稿: | 2010年8月13日 (金) 16時05分

鷹さん、みなさん、こんにちは。いつもありがとうございます。機密費もこれからいろいろ話題になりそうですね。でも実はこれは戦前の陸軍の機密費もそうなのですが、日本の政治家役人は、米軍や米国CIAのようなダイナミックな機密費の使い方はあまり出来なくて、大抵が「歩兵の弁当代」なのです。何か縦横無尽に日本を動かすためのエンジンとして機密費を使っているという姿からは程遠いのが実態なのではないでしょうか、と聞きましたということで(笑)。ま、しかし国民の関心は高まるでしょうし、犠牲者も出るかもしれませんね。もらっているはずのないカネをもらっていたことがばれた人や党とか・・・。しかし裏金まで表に出たら政府も終わりですね(大笑)。応仁の乱でいよいよ幕府沈没ですな、これは。今年は良く動く年になりそうです。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年8月13日 (金) 23時26分

里山生まれの里山育ちです。藤原先生のおしゃる事はいちいち納得できます。私も今はデジタル・ボケの生活を送っていますが、老後は里山に戻りたいという願望があります。米、野菜、果物、花はもちろんのこと、味噌、醤油、干し柿、梅干し、木炭などなど何でも自分の家で作っていました。今から考えるとなんと贅沢な子供時代を過ごしていたのかと懐かしく思い出されます。里山の生活は人間関係がうるさい事を除けば本当にクリエイティブな生活です。自然には人間を癒す力もありますから、今の若者には是非おすすめしたいです。今年のカリフォルニアの気候は例年より気温が低く、農作物にも悪い影響が出ています。いつまでも外国に食糧を依存している事は危険です。できるだけ自国で栽培することを強くおすすめします。

投稿: 花子 | 2010年8月14日 (土) 10時31分

花子さん、みなさん、こんにちは。いつもありがとうございます。そうですか、里山とご縁が深いですね。日本も行きすぎたところを治して再生させなければなりません。食糧や資源のことはこれ以上外国に依存することは難しいでしょう。気象も大きく変わりつつありますし。そして世界の農地がどんどん荒れつつあります。水も足りないです。これから日本は国の形も大きく変えないといけませんね。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年8月15日 (日) 09時05分

こんにちは藤原様、里山から見えてくるもの?

お話の中で山を離れた住居跡に杉の木を植えたと在りましたが、今の里山の風景は戦後の失業対策で杉の木の植林を行ったのでは無かったでしょうか?

急峻な山では今でも自然林が部分的に残っていて広葉樹が大勢を占めているように見えます。

今も失業対策で自然林への回帰を目指せば砂防ダムなどは相当数減るんではないかと思います。また地下水が豊富に使えるようになります。

電気屋の陰謀なのか?大電力の室外機が熱風を吹き出すために、私の所では今現在28度も在りPCの放熱で30度はあるような感じです。

地下水は水質の問題で飲めるか?旨いか?と言う所ばかり気にされますが、夏は18度、冬は20度の熱源として利用できるのです。冷房温度を28度に押さえましょう。暖房は18度に押さえましょう。と言っていますが地下水を熱源と考えると原発の10基ほどは不要になるのでは?(数字は適当です)

都市部でも浅井戸で在れば5m程度で地下水が出てくると思いますが、地下1mよりも深いと地上の温度の影響を受けないのです。

この温度の安定性を利用して精密機械や測定器の安定度を保っている施設が沢山あります。50cm地面を掘って貯水タンクを埋めて50cmの盛り土をする事で同様の熱源が確保されるそうです。井戸水は大きな貯水タンクですから容量(熱容積)を気にしなくて済む。

ドライクリーニングの溶剤や工場で使われた溶剤の多くが表層付近の井戸に溶け込んでいるそうで、その水を汲み上げて活性炭などで浄化して同じ井戸に戻すようにすれば、将来の水の汚染は格段に減ると思われます。

東京では井戸水を汲み上げすぎて川より低い土地になった所もありますが、里山の水は都市にも流れ込んでいますので地下水を使った空調が普及しても良いと思うのですが、世の中は商売第一で無駄でも何でも通用しているのですね。

東京裁判と、日本人の思考停止
http://www.asyura2.com/10/senkyo92/msg/541.html
チョット長いですが、考えさせられる話でした。

時代の終わりって商人がマネーを抱え込むような印象阿在るのですが、勘違いなのかな???

投稿: kazu | 2010年8月17日 (火) 02時04分

藤原先生こんにちわ。
初めてコメントさせていただきます。
先生のインターネットラジオはいつも聞いて、勉強させていただいています。今回は特に里山の重要性についてとかれていましたのでものすごく共感させていただきました。里山にかかわる仕事の炭焼きに3年前から脱サラで向かいました。白炭の生産を効率化して次世代に継承したいと思っています。今、世の中の流れがものすごく追い風な感じです。炭を焼くことで里山を活かし環境を守ることに貢献できる。それを生業になるよう頑張ります。藤原先生の土の話や里山の話は素晴らしいです。今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: すみや | 2010年8月17日 (火) 07時47分

みなさん、こんにちは。いつもありがとうございます。ロハス運動が日本で始まって10年ぐらいになりますが、今ではかなり本格的に浸透してきました。21世紀の息吹を感じますね。まさに新しい21世紀への巻き道だったと実感しているところです。

里山の植生ですが、基本的には里山は木を切って植え直す、あるいは自然に生えてくるという循環の体系ですので、炭焼きや燃し木には広葉樹を、建築には針葉樹を植えます。ところがおっしゃるように戦後は一気に針葉樹をたくさん植えたので、バランスが狂ってしまったところがたくさんあります。しかも植えたはいいけれど状況が変わって放置されて、今のような惨状になってきたわけです。このまま放置すると60年ぐらいたてば天然更新するでしょうから、今世紀の終わりには広葉樹と混ざった天然林になっているかもしれません。しかし広葉樹の大径木ができるにはさらに数百年かかるでしょうから、見事な日本の森が復活するにはだいぶ時間がかかります。建築も今後はそんなに量が出るとは思えないので、針葉樹をたくさん植える必要はなく、むしろ広葉樹を植えたほうが使い道が多いのではないかと思います。

地下水のこと、そうでうか、ありがとうございます。いろいろと利用できますね。温度を調整する熱源という考え方はとても貴重ですね。

東京裁判ですね。日米関係がいったん整理される時に改めて見直されるでしょう。それは明治維新とは何だったのかというところから見直されるのでしょうね。

炭焼きをされておられるのですか、それはすばらしいですね。ご苦労も多いと思います。ブログ拝見しました。うちも小田原で地元の窯を使って2回ほど炭を焼いたことがあります。大変ですね。ものすごく過酷なお仕事だと思います。しかし振り子は戻りつつありますね。どうぞこの貴重なお仕事を発展させていかれてください。

ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2010年8月17日 (火) 08時17分

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