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2010年4月13日 (火)

土橋重隆の「平成養生訓-21世紀は治療から予防へ-」 2010年4月13日 日本流西洋医学

日本流西洋医学「youjyou100413.mp3」をダウンロード

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コメント

こんにちは土橋先生、胃カメラは日本の発明ですよ。

取引先の創業者が胃カメラを開発したのです。詳しくは、こちら
http://ikamera.jp/MutsuoJ/MutsuoJ.htm
http://ikamera.jp/MutsuoJ/Sanko/Hisho/Hisho.htm

飛行機、乾電池、光ファイバー(関連する部品)も日本人の発明です。他色々あります。

明治からの日本は起承転結の転にあたると言うのは的を得た表現で、日本発の物が国内では認められず仕方なしに海外で実用化し輸入された様に見える物が沢山あります。

学者も後追い研究ばかりで、町工場の技術相談からアイデアを盗む先生も沢山居ます。この辺りの話は今現在、私が直面している問題なので書き出したら長くなりそうですが(笑

21世紀は日本人の発明を積極的に見つけ出し育てて行くことで世界には真似の出来ない神の国?と呼ばれるように成るかも?

それだけの潜在力は十分にあります。経営者がダメなだけで現場の底力や潜在力は凄いですよ。

投稿: kazu | 2010年4月14日 (水) 14時10分

kazu さん、こんにちは。いつもありがとうございます。
確かに胃カメラ、胃ファイバースコープなどは日本でつくられたのですがその原型というか胃の中を直接内視する胃鏡といわれる硬性鏡は19世紀につくられています。生きている人間の胃の中を直接視るという発想は19世紀の日本人にはなかったのではないでしょうか。胃カメラは発明ではなく”開発”です。仰るとおり多くに分野において日本には他国に比べ、はるかに優れた開発力があります。医療機器を開発するのはいいのですが、戒律なき日本流西洋医学的医療が少なからずあるということをお伝えしたかったのです。
土橋重隆 拝

投稿: 土橋重隆 | 2010年4月14日 (水) 19時07分

土橋重隆先生

数年前、船井先生の横浜のイベントで御講演を伺い、ロビーで御著書にサインして頂きました新井と申します。
実は、知人の親しい女性が膵臓癌になり、小さなお子さんをお二人かかえ悩んでおられるようです。
メールで土橋先生の存在を知人に紹介させて頂きましたが、私ではなかなか的確なアドバイスができず、失礼とは存じましたが思い切ってメールをさせて頂きました。

膵臓がんの方特有の傾向性、アドバイスを頂ければ幸甚に存じます。
何卒ご検討の程、伏してお願い申し上げます。

新井一業拝

投稿: 新井一業 | 2010年4月15日 (木) 14時51分

新井一業さん、おはようございます。いつもありがとうございます。膵ガンは微小なものでも再発し、進行ガンであればなおさら治癒させることは難しいですね。手術が上手くいっても再発することがしばしばです。これが常識です。ですから非常識な考え方、行動が意外な経過をもたらすことがあります。医者の常識に従うと統計どおりの結果になると思います。代替療法に依存するのも薦められません。今、どう生きるかが大切です。患者さんの意識がガンから離れるような接し方をされるのがいいと思います。
土橋重隆 拝

投稿: 土橋重隆 | 2010年4月16日 (金) 09時31分

土橋先生


ご返事賜り有難う存じます。
やはり難しい病なのですね。
ご本人がとこまで理解できるか判りませんが、お伝えさせて頂き度存じます。
心より感謝申し上げます。


新井一業 拝


投稿: 新井一業 | 2010年4月16日 (金) 11時06分

新井一業様、はじめまして。土橋先生いつもお話を聞かせていただいてありがとうございます。

私事ですが、4年前母を膵臓ガンでなくしました。当時は全くガン治療の現状を知らなかったものですから、医者の言う成りでした。
最初は除去すれば何とかなるということで開腹したのですが手がつけられなくすぐに終了。予定より早く終わったので本人にはガンのことを伏せていたのですがばれてしまいました。
その後は抗ガン剤治療になりだんだん体力を奪われ、最後はガン肥大のため消化器官が圧迫され食べ物が通らなくなり、緩和ケアと抗ガン剤治療を続け亡くなりました。

当時はこれも定めで仕方がないと思っていましたが、自分でいろいろ調べ始めると、世間には一般市民には知らされていない事象がたくさんあることがわかり始めたのです。

まず、そのようなことを受け入れ始めたきっかけは自分の花粉症が劇的に症状が緩和したことでした。
事の発端は中年太りを何とかしたいなと思っていいたところへ新谷弘実先生の「病気にならない生き方」にたまたま本屋で見つけ、牛乳は良くない食品だという意見に触れ衝撃を受けました。それまで水代わりに飲んでいたからです。
もうダメもとでいいやと、その日から断乳製品をはじめました(季節は2月ごろ)  そして、お腹はゆっくりと引っ込んでいきました。しかし驚いたのは花粉症の症状が激減したのです。いつもは耳鼻科で処方してもらったアゼプチンを前もって飲んで抑えていたんですが、飲まずに過ごせてしまったのです。

上記の体験をしてから、日常摂取する食物がいかに体に影響を与えているか身をもって知りました。その後5年経ちますが、内科・外科には行ったことがないです。(歯医者は詰めたものが取れたの行きましたが.....)
現在はなんちゃってビーガンです。ハレの日(人にあったりする時)ぐらいしか肉(四足獣・鳥)は食べないようにしています。食べても昔ほど満足感は感じられなくなりました。食べた後は体に負担がかかっているのが明らかにわかるからです。スッキリしないんですよね。


新井さま、知人の方はどのような食生活をなされているのでしょう?また、体があたたまらない生活習慣とかになっていないでしょうか?
土橋先生の言われるように、まさに生き方を変える正念場にきているのだと思います。

ネットでいろいろ調べておられるでしょうが、本人が決断しないとどうにもならないと思います。
船瀬俊介氏などの講演動画などもいいのではないでしょうか。また、名古屋に泉の会というものもあって、現代ガン治療から逃れ回復した方々の生き方に接する事も出来るそうです。

体力がある内に行動を起こすべきです。抗ガン剤や、体にメスを入れてしまったら本人の意志は弱ってしまいますので、そこを無理して違う方針を勧めると知人のご家族から非難を浴びることになるかもしれません。

とにかくご本人にこんなことが世の中にはあるんだということを伝えて欲しいと思います。

最後に、緩和ケアは苦しまないで最後を迎えることが出来るとマスコミでは伝えていますが、全くのウソです。わたしの家族は母が最後まで苦しんでいるのを知っています。モルヒネか何かわからないブレンドした薬を投薬して意識をもうろうとさせているだけでした。

抗ガン剤で経験しなくてもいい痛みに耐えながらベッドに横たわり続けなくてはならない、それを想像できるなら生き方を変えるくらい朝飯前ですよ。

膵臓ガンは難病ランク3位だったと思いますが、医者に任せたらほぼ必ず殺されると思った方がよいです。かならず知人の方本人、または家族の方がガン治療の現状を調べ、疑問を持ち、それを医者にぶつけ、けんかしながらでもやるべきです。当然ご自身の生き方も変わらなければならないです。


まだまだ諦めないで下さい。あたたかくサポートをしてあげてください。


長文失礼致しました。

投稿: アルファ | 2010年4月20日 (火) 13時58分

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