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2009年12月15日 (火)

藤原直哉の「21世紀はみんながリーダー」 2009年12月15日 組織を立て直す

組織を立て直す

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コメント

貴重なお話、ありがとうございます。

「苦労は生きてる証」。そうですね、がんばります。

今まさに
「目先の利益を追い求める浮き沈みの激しい時代」から
「持続可能な、千年の繁栄の礎を築く時代」へと
転換しているのだとおもいます。

なお、先生もご指摘されていますが、
失業手当をもらっている間は、自営業を開業できません。
(自営業を開業すると失業手当をもらえなくなります。
収入の有無を問いません)

前向きな方が制度の谷間に落っこちてしまうといけませんので、
念のため。各自、ご確認ください。

投稿: SHIMIZU | 2009年12月16日 (水) 09時31分

SHIMIZUさん、こんにちは。いつもありがとうございます。はい、ご指摘大変ありがとうございました。この大転換の苦労をいかに創造的な未来に換えていくか、それが本当の勝負の場所ですね。頑張ってまいりましょう。
ますますのご活躍を!
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月16日 (水) 12時47分

能面・ビー玉は、人間の魂が抜け掛かっているような人でしょうか。
能面・ビー玉とは、ひと味違い、一階級、上の存在が、我が組織にはいます。
地獄絵図にかかれている、餓鬼のような人です。
目がギョロとして、鬼のような形相です。
餓鬼は食べても、食べたものがお腹の穴から出てきます。いくら食べても満たさず、満足しません。やってもやっても満たされない人です。
周りにいる人は、その人の要求や目標に応えられ続けられません。ヘキヘキとし力尽きます。
不況により、どの組織も営業成績を上げるのは大変かと思います。最近、このようなことが正常なのか、異常なのか、境目がわからなくなりつつありますが、指示を出している人の雰囲気があまりにも異常なので、おそらく、異常なのだと思っています。

投稿: う~ん | 2009年12月16日 (水) 19時18分

こんにちは藤原様、政府の方針は大変なようですよ

枝野幸男議員のオープンミーティングを聞いたら、末期癌の開腹手術の状態だという事だそうです。事業仕分けで漢方薬が廃止と書いた読売新聞の話やら今後の経済成長まで、色々な話をされていました。

2009年を振り返って(約1時間)
http://www.edano.gr.jp/om/0901om.html

色々な話を聞いて自分の頭で考えて行動できないと大変な時代は一時の事では無さそうですね。個人事業主にならないと(精神的な意味で)ストレスばかりが貯まると思います。

金銭的に厳しい現実がありますが、能面、B玉、餓鬼、畜生の組織に戻る。あるいは協働する気にはとてもなれません。技術者派遣などの話もあるのですが、求人先は大手の会社。日頃の悪行の実態を知っているので仲間になると考えると何か後ろめたい物を感じます。

最近は値下げ要求のために半日も居座る取引先も珍しくないと聞きます。仕事とは言え何も感じないのか?その様な組織はトップが悪いのでしょうから、腐った所を切って組織を立て直すには?トップを切るのかな(笑

LLCと投資銀行で良い仕組みが出来そうに感じますが、LLCの事を役所に聞いても知っている人が居ない。留学組が思いつきで提唱したのだから定着しないでしょうが、この辺りもアメリカから教わる方が早そうですね。
http://www.llc.ip.rcast.u-tokyo.ac.jp/Column%20mokuji.htm

藤原さんも最後の言葉は「さよなら」なんですね。個人的に何か今回限りという印象を持ってしまいます。言霊的にはどうなのでしょうか?

投稿: kazu | 2009年12月16日 (水) 21時58分

みなさん、こんにちは。いつもありがとうございます。大組織はどこもかしこも能面とビー玉状態ですね。生ける屍状態というのでしょうか。とにかく魂まで売らないことです。そうしないと組織が崩壊した後に生き続けることができなくなります。

政府の大変な話はあちこちから聞こえてきます。枝野さんの言うとおりだと思いますね。ただ、生きている間に葬式も出せないし、いつまで介護すればいいかもわからないし、とにかくお手上げだということを確認できたということではないでしょうか。来年が大きな転機になると思います。それまではとにかく変な連中とはかかわらないように生きることが最も賢明です。知恵と行動力の時だと思います。LLCの活用はおっしゃるようにいろいろと可能性がありそうですね。それにしても投資銀行ばかりはどうやって人を集めて盛り上げていくか、まだ腐っていないリンゴが本当にリンゴ箱の中に残っているのか、大変なことではないかと覚悟しています。

「さよなら」はあまりお気に召しませんか(笑)。「では、ごきげんよう」としましょうかね(笑)。

ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月16日 (水) 23時50分

こんにちは藤原さん、リンゴ箱にまともなリンゴがあるのか?

以前に紹介した河田先生のコラムです。
ミッション・インポシブル
http://sites.google.com/site/profkawata/backnumber/0907

何かの役に立てば宜しいのですが。

サイコパスの脳の神経回路は一般人と違うことが判明(英研究)
http://omoroid.blog103.fc2.com/blog-entry-422.html
こちらは娯楽番組でしょうか(笑

理系のポスドクが余っているそうですが、指示待ち族では使えないかな?観察に関してはプロですが(笑

投稿: kazu | 2009年12月17日 (木) 01時53分

kazuさん、こんにちは。いつもありがとうございます。河田先生のコラム拝読しました。おっしゃる通りですね。どんな仕事でも閃きがないとだめなのです。最初に答えがわかる。それから理論や実験で道をつけていく、これが本当の仕事ですからね。ポスドクを含めて今の日本の学会は本当に閉鎖的ですから、閃きを排除した小さな村社会になっていることが多いですね。これではどんなに予算をかけても難民に配る弁当代にしかなりません。

サイコパスのお話も傑作ですね。とにかくどこかに突破口を見つけて日本の成長を質的に再スタートさせるしかありませんね。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月17日 (木) 07時43分

民主の事業仕分けは、再構築は全く考えてなく、ただ、破壊(中止・縮小)のみが進んでいるように思います。
組織や事業の立て直しに関し、スクラップアンドビルドというのは、最初に再構築すべき案があってから、スクラップアンドビルドを同時にすべきではないでしょうか。

金融や経済は、民主が事業仕分けをせずとも、天が事業仕分けをしてくれるようです。
不用なものは破壊が進みますが、破壊した跡の再構築案の策定は誰がしているのでしょうか。与党がしているようには思えません。事業仕分けでいとも簡単にやりこめられていた官僚が新しいプランを考えているようには思えません。(日本の官僚は優秀だと思っていましたが、事業仕分けで民間の方にあれほどまでにタジタジにされているなんて予想外でした。)
このままだと、白地や焼け野原だけが出来上がるような気がします。

投稿: カッチ | 2009年12月17日 (木) 11時39分

カッチさん、こんにちは。いつもありがとうございます。まったくおっしゃる通りですね。早く抜本的な成長戦略が出てこないと大変なことになります。なんで今さら斎藤次郎だとか、竹中平蔵の意見なんか聞くのでしょうね。平成の市民革命が起きたのです。民主党ももたもたしていたら追われる立場になってしまいますよ。かといって自民党に戻るわけでもなく、世の中は戦国時代の大混乱に陥ってしまいます。小泉だの竹中だのがテレビに露出するたびに自民党の票が減っていくことをあの人たちは気づいていないのでしょうかね。
ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月17日 (木) 20時55分

藤原先生、ありがとうございます。
成長戦略の1案として、竹中・小泉の言った逆をするというのは、どうでしょう。(笑)
菅氏と竹中の会談はびっくりしました。
民主は、野党時代、竹中の政策に批判的でした。
第2案として、民主で、竹中を手引きしている勢力があれば、それは、追い出すというのは、どうでしょう。(笑)
第3案として、経団連の政策の真逆をするというのは、どうでしょう。(笑)
経団連は、貿易の自由化、農産物の自由化、金融の自由化、規制緩和、派遣の自由化、派遣の職種の拡大、法人税の低減と消費税増税、小さい政府、民営化推進などの政策を打ち立てました。
自民党時代、そのほとんどが実現しています。そして、日本はドン詰まりになりました。
経団連は、道州制を推進しています。道州制をするときっと悪くなると思います。(笑)
きっと、法人税率の自由化をねらっていると思います。企業誘致合戦で、各道州で法人税率の低減競争が始まり、消費税アップです。年金、公的保険などの行政サービスが更に低下する可能性があります。
第4案、外資のいうことの逆をする。そして、外資を追い出す、というはどうでしょう。(笑)
第5案、与党、野党、官僚、マスコミ、評論家の中にいる売国奴を追い出す、というのはどうでしょう。赤狩りならぬ売国奴狩りです。(笑)
5案ほど、具にもならぬことを書いてしまいました。
政治には利権が絡み、色々な人間が群がってきますが、その人の言うことを聞き分けるセンスが必要なのでしょう。政治家はそういう人から利益を受けないようにし、中立で、日本の良き将来を考えることが大切だと思います。

投稿: カッチ | 2009年12月18日 (金) 04時42分

カッチさん、こんにちは。いつもありがとうございます。おっしゃる通りですね。ここは平成の市民革命が起きたのですから、世の中の構造を政府部門だけでなく、抜本的に考え直さないといけません。民主党の力量が問われますね。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月18日 (金) 07時52分

藤原先生
いつもありがとうございます。
「リーダーシップは言葉、マネージメントは数字」
この中でリーダーシップは言葉とはどのような意味なのでしょうか?
噛み砕いてご解説いただけると幸いです。
古来日本に伝わる言霊やわすと関係がありますでしょうか?
来年は曙に転ずるよう、自分自身を転じて行きたいと思います。
ありがとうございます。

投稿: lohas_21 | 2009年12月18日 (金) 10時37分

lohas_21さん、こんにちは。いつもありがとうございます。言葉と数字、よいご質問をいただき、ありがとうございます。福沢諭吉の論語と算盤とか、二宮尊徳の道徳と経済とか、言葉と数字はさまざまな形で表現されることが多いと思います。

リーダーシップという点から言うと、人をその気にさせて動かす力は実は具体的には言葉が持っているのですね。読み言葉でも話し言葉でも、言葉が人をその気にさせ、人を集め、人を動かし、何事かをなすわけです。数字は人が動きだしたときに調和を整えるための補助的機能です。

同時にその言葉は人が発しますが、本当に人が動く言葉というのはわが言葉にしてわが言葉にあらずという言葉でして、天からのメッセージのようなものです。ですからおっしゃるように、言霊と言ってもまったく間違いではないと思います。

言葉は論理的な意味と同時に人を動かす霊力を持っています。ですから論理と同時に霊力ある言葉を発するのがリーダーの仕事ですね。霊力のない言葉では人は動かないし、逆に混乱ばかりが増すことにもなります。

どうぞ来年もますますご活躍ください。ありがとうございます。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月18日 (金) 16時26分

BS放送で、新党日本の田中康夫氏と、城内実議員が対談し、限界集落・里山の話がされていました。
http://www.youtube.com/watch?v=MOzYt5l6USg
かなりそれらの良さ・大切さを認識されている様です。藤原直哉さんとかなり近いものがあると思ったので、よろしければご覧ください。飯田という言葉が出てきます。

投稿: ホリ | 2009年12月19日 (土) 00時30分

ホリ さん、こんにちは。いつもありがとうございます。田中さんは長野県知事時代によく遠山郷を訪れていました。遠山のシカ肉をジビエということで東京の一流レストランに売り込んでくれたのも田中さんです。また城内さんは遠山から山一つ越えた水窪を含む遠州が地盤です。ですからお二人ともよくお話がわかると思います。ありがとうございます。拝見いたします。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月19日 (土) 08時11分

 我々自身は、はっきり言って紀元前からさほど変わっていないようですよ。

 以前仏教に関してちらっと話しましたが、まあ今回もその続きみたいなものになると思います。

 実は、今でこそ唯物論、無神論は「論理的」「合理的」であると多くの人々が信じているようですが、実はこういった考え方はすでに存在していたのです。

 以前にお話ししたアジタの快楽主義的唯物論。これは、簡単に言ってしまえばこの世は「火、水、風、土」の4つの元素で構成されており、それがすべてである。よって運命はあらかじめ決まっており、神も存在せず、死後もないから、現世の幸福を最大限追求することこそが最も理にかなった生き方であるというものです。ただ、現世の幸福を追求する上で、少なからず悲しみもあるが、悲しみがあるからこそ幸福のありがたさも味わうことができるのだというさとし方を人々にしていたようです。

 またアジタの快楽主義的唯物論によると、善悪の行為や因果律、お布施の功徳なども愚者の行為であると否定されます。まあ、この考え方はアジタのものとは別に「道徳否定論」を唱えたプーラナにも強く出ているものと考えられます。道徳否定により、人生に目的を求めるのは愚の骨頂であるとし、伝統的な規範や倫理まで否定したのです。

 今となっては4つの構成要素は原子などにとって代わられているとはいえ、言っていることは現代の唯物論と全く変わりません。

 実際、唯物論者、科学者、合理主義者たちは言います。

「ただ一度きりの人生なのだから、一生懸命生きることこそが最も理にかなった生き方である」と。

 まったく同じことでしょう(笑)。要するに、我々は古代仏教の時代と同じことを今行っているだけに過ぎない。まったく進歩しているわけでも、もちろん退化しているわけでもないのです。まあ思想の「先祖帰り」とでもいうべきなのでしょうか(笑)。

 したがって、現代人が過去の時代の人々よりも「秀でている」「すぐれている」「進歩している」という発想は、そもそも間違いなのです。ただ同じところをめぐっているだけです。

 こういった考え方は、どうも商工業の発達が著しい時代に顕著に見られがちで、場所を移せば例えばエピクロスの一派もやはり快楽主義を唱えました。要するに、西洋東洋を問わず、いつの時代にもこうした考え方はあり、そしてその思想が席巻しやすいのはどちらかといえば商工業の発達が著しい時期であると言えるわけですね。

 そして商工業全盛時代が終わり、乱世が近付くにつれ、こういった思想はその弊害面のほうが目立つようになり、やがてすたれていく。今現在がその過渡期でしょう。例えば、70年代に比べ、死後の世界や来世を信じる人々の数が増えているようです。アメリカ人でも25%の人が生まれ変わりを信じているという調査結果もあります。要するに、思想もその時代の要請に応じて変化しているだけに過ぎず、どれが真理とは一概に言えないということです。

 だから、なぜP.R.サーカーが社会循環論を一つの輪廻説で説明したのか、よくわかるかと思います。武力から知識、そしてブルジョアジーへと国家や文明は輪廻を繰り返します。同じように、人々の思想もまた輪廻しているのです。

 例えば武力の時代に唯物論や快楽主義を持ち込んだら、まずあまり受け入れられません。当たり前です。その時代になれば、人々は誇りを尊ぶようになるのですから。知識の時代には誇りだけではあまりうまくいきません。その代わり伝統的な規範や倫理観が重要視され、バークやハイエクのような高名な保守主義者が生まれます。しかし、ブルジョアジーの時代になると、唯物論、快楽主義、道徳否定論、革新論が勃興します。例えば、その根幹思想を唯物論に求めたマルクス主義は産業構造のめまぐるしい変化の中で生まれました。産業革命以降で、確かに工業生産は著しく伸び、文明が一新されたわけですが、子の中でマルクス思想は生まれたのです。マルクスは自らの思想で宗教や過去の伝統を迷信として否定し、人間の理性により共産主義国家を建設しようともくろみました。マルクスもレーニンもまた、道徳を否定した人でしたし、エンゲルスに至っては「家族廃止論」という暴論を提唱しました。

 このエンゲルスの「家族廃止論」はレーニン率いるボリシェビキ政権により実行されましたが、のちにスターリンによって否定されました。あのスターリンでさえ、家族制度を認めざるを得なかったのです。

 考えてみれば当たり前です。子供を家族から切り離し、ろくに道徳もしつけもされず、ただ限定的な空間で共産主義に対する忠誠心だけを植えつけられたところで、まともな大人になるわけがありません。青少年による犯罪は多発し、強姦や捨て子がいたるところに現れ、このままでは社会そのものの存続が危うくなりかねないと、あのスターリンですら否定せざるを得なかったのです。

 マルクス主義は、一般的に「設計論的な合理主義」に含まれるものです。人間の知恵と理性により、我々は社会すら制御し、理想的な国家や文明を築き上げることができる。これが「設計論的な合理主義」の思想の根幹です。

 ですが、20世紀のソ連の崩壊にも見られるように、「設計論的な合理主義」は破綻しました。なぜでしょうか。

 答えは簡単です。いかに技術や知識が発達しようが、我々自身は変化していないからです。

 人間の命などせいぜい数十年のものです。その数十年の命が蓄える知識量や理性など、過去に先祖が積み上げてきた歴史の知恵や伝統に比べれば取るに足らないものです。自然という「畏敬すべき大いなる存在」のもとで、独自の知恵を編み出し、それを継承させてきたものを非科学的、迷信だと糾弾し、否定して見せたところで、その末路はレーニン、スターリンの粛清や毛沢東の文化大革命、ポル・ポトの自国民大虐殺や金日成、金正日父子の個人崇拝でしかありません。これが現実であり、「設計論的な合理主義」の哀れな末路なのです。要するに、過去を嘲笑い、おごり高ぶった現代人への神の罰ともいえるでしょう。

 今となってはさすがに「設計論的な合理主義」に未来を託そうとする人は多くないと思います。ソ連の崩壊でもはや明らかですから。だが、我々現代人は、実はまだ「設計論的な合理主義」の毒素から完全に抜け出せてはいないのです。

 例えば、「どうすればより多くの客に商品を買わせることができるか」とか、「どうすればうまく市場をコントロールできるか」という論点で経営を語る人々は今でもかなりいます。もはや顧客ですら、自分たちの目標達成のための道具とみなしている雰囲気がある。ですが、この考え方も、一種の「設計論的な合理主義」の一種ともいえるでしょう。

 上記のことに関して、田坂広志氏は「目に見えない資本主義」という著書の中で、「操作主義経済」としてそのあり方を論じているようです。簡単に言ってしまえば経済システム、市場システムを「合理的」「客観的」に把握することで、好ましい方向に市場や経済を誘導するということです。また顧客の思考ですら操作可能と考え、結果感性工学などが企業にも取り入れられ、生かされているのが現状です。

 結局我々は共産主義の破綻を嘲笑ったが、その失敗から本質的なことは何一つ学んでいなかったということでしょう。ただ計画経済だから失敗したというのではなくて、そもそも現代人が陥っている「設計論的な合理主義」という発想自体が間違いの元であるということを我々は理解していなかった。結果として、サブプライムローンという最悪の「金融商品」を「金融工学」を駆使して「設計」し、それを「合理的」に運営していたはずが、扱い切れずに自滅してしまったわけです。

 我々の理性は確かにすばらしいが、それに限界があるということをいい加減知るべき時期に来たのかもしれません。というより、どんな優れた思想であれ技術であれ道具であれ、物事には限界というものが必ずあります。科学も同様です。それをわきまえた「分をわきまえた合理主義」こそ次世代に求められているのではないでしょうか。伝統的な死生観への回帰もその一環と見ることができるのです。

投稿: +9 | 2009年12月19日 (土) 20時43分

+9さん、こんにちは。いつもありがとうございます。まことにおっしゃるとおりですね。もう理性だけを振りかざしている人はあまりのことに腰が抜けて立ち上がれないのではないかと思います。こうやって歴史の断層が生まれていくのだなとつくづく実感しています。来年はさらに動きが加速しそうですね。どうぞますますご活躍ください。ありがとうございます。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月20日 (日) 00時23分

こんにちは藤原様、+9さんの話は面白いですね

面白い話の講演会ビデオを見つけました。
http://video.google.co.jp/videoplay?docid=3665838519268605080&ei=FCssS4nmFYGYwgOa7MX4BA&q=%E3%82%AA%E3%82%A6%E3%83%A0%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%80%80%E3%82%B3%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%82%BA&hl=ja#
本当なのかは解りませんが、戦争前後の歴史って大切そうな内容でした。

ユダヤの地で生まれたのは「六面八臂(ろくめんはっぴ)」の邪鬼です。
日本だけは神がつくられた特別な国なので三種の邪気に侵害されることを免れたと霊界物語に書いてあります。
http://www.omt.gr.jp/modules/pico/index.php?content_id=196

ビデオに出てくるブレディー債権って何の事なのでしょうか?

投資銀行とLLCを活用すると助成金の大半が予算計上しなくて済みそうですね。資金回収が必要ですからタックスイーターも安易に手を出せなくなるのかな?LLCを切り離すタイミング(条件)を模索中です。細かいテクニカルな所までは及びませんが大枠の叩き台でも自分で考えてみる事に意義があるかと思っています。

経団連が道州制を望んでいる所を見ると企業減税を各州で競わせて本社移転とか企んでいるのでしょうか?

面白ビデオと霊界物語が妙にシンクロして下手な小説より面白い。

投稿: kazu | 2009年12月20日 (日) 02時00分

kazuさん、こんにちは。いつもありがとうございます。これはまた大変興味深いビデオをご紹介くださいまして、ありがとうございます。

霊界物語には地球規模での正神と邪神の戦いが出てきます。そして一つのポイントは聖地争奪戦なのです。その最高の聖地が実は日本なのですね。でも日本は神が構う国だから、誰も取れないというわけです。

ブレディー債というのは中南米が80年代に金融危機を起こした時に、不良債権を再パケージして市場に売った時の債券の名前ですね。人の名前をとってつけたものです。

霊界物語にしろ大本神諭にしろ、本当に今の時代のことを語っています。全然古臭くないのです。すごいですね。霊界物語には未来のエルサレムの姿も出てきます。そこはイスラエルという国はもはやなくて、確かアメリカンコロニーと言ったかな、アメリカ人たちが住む区域があるというような記述だったと思います。

歴史がうなりますね。どうぞますますご活躍ください。ありがとうございます。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月20日 (日) 21時14分

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