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2009年12月 1日 (火)

藤原直哉の「21世紀はみんながリーダー」 2009年12月1日 ドバイの失敗に学ぶこと

ドバイの失敗に学ぶこと

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コメント

 原点に帰って  暖帯での話し
 天の配慮かツブラジイにあい実を拾って日光で乾かすと殻にひびが入り、手で簡単に中身が取り出せ、口の中に。
私があったスダジイは中身にシミが多くまだ検討が必要だが、ツブラジイは問題なし?なら何故、産業として育たなかったのだろう。問題なければ農薬もいらなくて炭酸ガス対策になる。拾って乾かして食べるだけ。
 夢は大きくツブラジイが軌道に乗って米が余るように成ったら、無理な作り方を止め農薬無しで作れるようにして、安心して水系を活用出来るようにしよう。
 自宅は都会の中なのでここでは実験は無理 政策として如何

投稿: kunio | 2009年12月 1日 (火) 23時06分

ドバイショックは、かなり深刻ですね。
債務償還期限の延長を表明し、更に、ドバイ政府系金融機関だけど政府保証はないと言っているみたいだし、デフォルトみたいなものですね。
このような話が、東欧、アジア、南北アメリカで、次々出てきたら、世界経済がどのようになるのか、・・・。 本当に大混乱です。

「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」とあります。
過去に何度もバブル崩壊を経験しましたが、今回、スーパーバブルが崩壊します。
経験からも学べなかった者は、愚者以下ということですね。
過去の歴史では、経済崩壊した後、大幅に制度の見直しをします。
その時代に現れた矛盾の多い制度の改善が必要と思います。
今回の経済崩壊は、そもそも、今の経済体制の否定で、経済体制そのものの見直しが必要と思います。自由貿易は、経済の状況が似たような国同士であれば良いと思いますが、各国ともに事情はかなり違い、そもそも、自由貿易はかなり無理があり、自由貿易の見直しが必要と思います。
自由貿易は、富者(強者)が国をまたいで、金儲けをすることを目的とし、競争に敗れた国を破壊し、非常に利己的なものに変質してしまいました。そもそも、国をまたがないでも、自国で稼いで、自国の経済に貢献するだけで良いような気がします。
他に矛盾の多い制度として、税制がありますが、金持ち優遇になっている部分を一般庶民が暮らしやすいように変更すべきで、累進課税の強化は必要だと思います。消費税アップや環境税・福祉税の創設はもってのほかだと思います。

投稿: K | 2009年12月 2日 (水) 05時52分

みなさんこんにちは。いつもありがとうございます。

ツブラジイですか、それは初めて聴きました。江戸時代に飢饉があって、あのときにサツマイモが江戸近郊に広がりました。何かあると今までにない作物が広がるというのはよくあることです。ぜひいろいろと研究されてください。他にもいろいろと面白い作物があるのでしょう。

自由貿易、税制、おっしゃる通りですね。アングロサクソンの世界支配がどんどん終わっていく中で制度も大きく変わっていくでしょう。これからは大陸国家の連合体の時代だと思います。日本は日本らしくやらないといけませんね。その日本らしい制度をどう作るか、これからが勝負ですね。

ありがとうございます。どうぞみなさんますますご活躍ください。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月 2日 (水) 06時38分

オバマ米大統領:アフガン新戦略 11年7月撤退開始、治安確保へ3万人増派
http://mainichi.jp/select/world/news/20091202dde001030003000c.html

軍産複合体が、国家から金をむしり取るために派兵するように思えます。
そもそも、アルカイダがでっち上げで、イラクやアフガン派兵も根拠もないのに、大統領も議員もよくやりますね。
米国の金融界や経済界は、公的資金をふんだんに受け取っているし、・・・。
米国は、ドルの暴落前に、モラルが地の落ちていますね。
米国で、ドル安・株安・債権安が行き着くところまで行ったら、どうなることやら。
市民暴動が止まらず、政財界の不正が止まらず、最後は軍部のクーデターが起きたりして?

オバマは、金持ちを批判すると上からねじ込まれるし、金持ちを優遇すると市民から反撃されるし、両バサミにあって、大変な役回りですね。
オバマには、ゴルバチョフやエリツィンのような泥臭い政治的手腕があるように思えず、ロックフェラーの操り人形みたいなもので、利用されるだけされ、最後は、良くて入院、悪くすると暗殺されるなあ。  
米国を破綻させる役回りは、大統領選挙からの既定路線だったという説がありますが、まんざらあり得ない話でもないかもしれません。
チョーかわいそー。

投稿: 小浜 | 2009年12月 2日 (水) 20時11分

小浜さん、こんにちは。いつもありがとうございます。まことにおっしゃる通りだと思います。結局もう米国のあまりにひどい現実に身動きが取れなくなっているのでしょう。来年は米国そのものが重大な転機になりますね。中国も同じような状況でしょう。米中共倒れ、本当に転機だと思います。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月 2日 (水) 23時31分

金融危機で“デフォルト不安”噴出
「最も危ない新興国」はここだ!(2009/11/20)
http://diamond.jp/series/analysis/10053/

上の記事で、デフォルト不安のある国と言われたのは、以下の通りです。
欧州圏~アイスランド・ハンガリー・ウクライナ・ブルガリア、ラトビア、ルーマニア、セルビア・エストニア、ラトビア、クロアチアなど
アジア圏~パキスタン
VISTA~ベトナム
BRICs~ブラジル・ロシア

かなりの数の国が上がっていますが、
先進国を含め、健全な国はどこにあるのかと思います。

市場は、ドバイショックをものともせず、ドル、日経平均、NYダウが値を戻しつつあるようです。相変わらず、懲りていません。
ドル円は、日本の財務省筋が単独介入している噂が立っています。単独介入したとしても、戻り幅や戻り期間は、それほどでもないと思います。
上値抵抗腺は、89-91円にあり、88.5~89.0には、輸出企業の売玉が厚く、89.0を抜けるかどうか注目が集まっています。89.0を抜けない場合、12月にも再び、至上最高値の円高を目指し、その後、おそらく、80円台後半(88-90円)には戻らないだろうと思います。
輸出企業にとってみれば、1-3月期は、ドルから円に戻すので、円安が望ましいかと思いますし、政府にも円安誘導を要望をしていると思います。ドル円市場がドル高円安基調をいつまで保てるかも注目です。

世界各国政府当局のコントロールも徐々に力を失いつつあり、金融市場は、加速度的に混迷を深めつつあるように思います。ドルが下がり出すと、日経平均、NYダウなどは、ここ数十年の最安値をいつ目指してもおかしくない状況で、L字型、あるいは、I字型のように、一気にストンと落ちてもおかしくないと思います。
現在は、見た目以上に危険な気がします。

投稿: 12の三四郎 | 2009年12月 3日 (木) 18時18分

こんにちは藤原様、新しい街作り・・・また何だかピンと来ない話です。

ですが藤原さんの話は数年すると誰もが解る形に成っているので信じてみようと言う気になるのです。

インターネットラジオの数年前の話を聞くと多少の時期のズレはありますがテレビに出演しているコメンテーターの切り張り論文的な話とは別世界の話のような正確さですから不思議です。

戦略的低エネルギーも今の経済状態では無理なく実行できるのでしょうが(笑)そう言う意味とは違うのでしょう。エネルギーの専門家でも戦略的低エネルギーを提唱する方が居ました。

http://www007.upp.so-net.ne.jp/tikyuu/
ココにあるブログに書かれています。電気自動車は環境破壊をもたらすとか、温暖化は科学的根拠がない。(原発利権のキャンペーンですから当然ですが)温暖化で大騒ぎをしているのは日本だけ。等々、御用学者と距離を置く方のようですので素直に入ってきます。

エネルギー(資源)の定義という物が在りましたので引用します。

資源とは、1)濃縮されている、2)大量にある、3)経済的な位置にある、ものを指す。太陽エネルギーは膨大だが、濃縮されていない。宇宙太陽発電は位置が問題、メタンハイドレートは濃縮されていない。これらは「資源の質」の問題である。

街作りをするにしてもマスコミに毒された常識を一度精算して科学的(自然の法則)な根拠を明確にして進めないと、丸投げ中抜きの商売が蔓延る事になるのではと思います。

まあ天の意志による断て分けがあるのでしょうから心配する事もないと思いますが、人を集めて準備を始めないと混乱の時期が長くなるのではと思います。

権威や地位を利用して成果を横取りするような事が得意な人が沢山居ますし、その様な事がスマートだと思っている人も沢山居るのかな?この様な考えが縦型リーダーシップなのでしょうね。

方や横型リーダーシップとは自営業者が集まって組合を作るような感じなのかな?癖の強い腕の良い職人さんと仕事をしていると横型のリーダーもさぞや大変なのではと思ってしまいます。

投稿: kazu | 2009年12月 3日 (木) 22時29分

みなさん、こんにちは。いつもありがとうございます。相場は乱高下になっていますが、流れは米国の崩壊ですから、次々に破綻が広がるのでしょう。今度はギリシャ・東欧の可能性がいまのところ一番強いようですね。とにかく市場から離れることが一番です。

おかげさまで、自分でも実は驚くのです。5年前に書いたものをたまたま読む機会があったのですが、いまのことを書いています。なんか自分でもイメージがわくのです。そのイメージを言葉や文章にしているのです。都市から、というのもそういうイメージなのです。

とにかく本当にすごい人たちを全国から集めて仕事ができる体制を作れるかどうかで決まります。素晴らしい人のネットワークで集めることが何よりも何よりも大切で、とにかく人脈でスクリーニングして、適材適所のチームワークを組むこと、これが重要な課題です。

来年はあちこち転機ですね。

ありがとうございます。どうぞ皆さんますますご活躍ください。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月 3日 (木) 23時33分

 まあ哲学というか、最近の宗教論みたいな話になるので、今回の藤原先生のお話とはあまり関係ないと思いますが(すいません)、よく最近思うのですが、現代の人々が軽々しく口にする「人生は一度きりだから、大切に精一杯生きましょう」というセリフは、それだけを聞くと非常にカッコよく見えるのかもしれないが、なんか欺瞞じみたものを払拭しきれないんですよね、もっともだからこそ彼ら自身も「一度きりの人生」をよく口にするのでしょうが。

 もちろん死生観は人それぞれでいいとは思います。ですが、あまりにも上の台詞を語っている方々からは、「一度きりで尊い」はずの人生に対する「熱意」というかそういうものが伝わってこないんですよね。

 例えば、現在資本主義は崩壊に向けて駒を進めておりますが、藤原先生のおっしゃる方向で進むのであれば、我々は今度は都市や経済そのものではなく、自然を相手に生きていかなければならない側面がきわめて多くなると思います。

 自然は、一言で言えば「循環」です。自然界に存在するものに、何一つ不要なものはありません。常に流転し、姿を変えている。だから、唯物論者自身も物質レベルでの「輪廻」ならば認めるわけです。ただし、これが「心」の話になってくると、ヒステリックに「生きている時がすべて論」を展開いたしますが(笑)。

 ですが、その「一度きりの人生論」が効果的に働いたのは、やはり資本主義全盛期までではないかと私は思っております。とにかく拡大していく必要があった時代であれば、伝統的なものはむしろ障害となり、上を目指す向上心と自己の欲望を満たす拡大思考が必要になったわけです。だから、こういう時期であれば確かに唯物論は効果的だったでしょう。

 しかし、今や拡大すべきフロンティアはどこにも存在し得なくなった感がある。もちろん、「資本主義的な意味」での拡大領域というならば、発達していない地域を挙げればまだまだありますが、そんなことをしてもさらに貧富の差は拡大し、テロを誘発し、自然を破壊して結局は人類自身の生存さえ危うくなります。

 要するに、もはや物質を「単純に」増やすだけでは文明は維持できない段階まで来ているわけで、これからは自然との闘い、あるいは協調していかなければならないわけです。

 ここに二つの国の例をあげます。一つはブータンで、もうひとつはインドネシアのバリ島です。この両国はご存じのとおり発展途上国であり、貧しい国ではありますが、国民の多くが幸福感を持っており、そして死生観は国民のほとんどが「輪廻転生」を信じているようです。

 輪廻と聞くと、すぐにカルトだのオウムだのとわめく連中もおりますが、だったらこれらの国々はみなカルト国家なのかと言いたくなります(同じ理由で中国のチベット侵略を正当化している馬鹿もおります。中国共産党が侵略する前のチベットはカルト教団に支配された後進国だったと。呆れてものも言えません。中国共産党こそ、マルクス・毛沢東教に支配されたカルト集団ではありませんか)。

 結局この二つの国は確かに未開発な部分も多いが、自然と人々がある意味調和しており、人間の限界と生物の循環を目の当たりにしているから、それほど抵抗なく自然と輪廻を信じることができるでしょう。

 たぶん、藤原先生がおっしゃっている「グレート・コラボレーション」の中の「伝統的死生観」というのも、我々がいずれは帰っていくであろう本来のあるべき社会になったときに、素直に受け入れられるものではないかと思っております。それこそブータンの人たちのように。

 農業はただ競争路線、拡大路線では維持できません。自然との闘いと言いますが、言い換えれば自分との闘いです。資本主義は他人との闘いです。常に他人との競争を必要としております。今度我々が戦うのは「自然」の中の「自分」といってもいいでしょう。単純にただ上を目指せ前へ進めでは「苦難の行軍」となり破綻します(笑)。

 それにしても、最近の仏教界の一部には呆れてしまうものがありますね。釈迦は「無我」を説いた。これは確かにそうでしょう。そして死後の世界や輪廻に対しては「無記」とした。これもそうです。

 だから、最近の唯物論的脳科学の研究成果が釈迦の教えと一致しているとして浮かれているわけです。要するに「あの世はなく、また自分が存在しているというのも錯覚である(無我)」という唯物論的考え方が自分たちの教義と一致していると喜んで誇っているというわけです。

 しかし「あの世は信じておりません」という坊さんたちにお経を唱えてもらって葬儀して、いったい何がいいのかと言いたくなります。現世しかありません、死後も来世も信じません、魂もありません、ですがお経だけは上げます、魂ないけど供養します(笑)、仏教は科学に先んじて真理を語っていたのです、と誇らしげに語る日本の坊さんというのもなんだかなと思いますね。宗教が露骨に科学に屈するというか、ちょっと違うんじゃないの?と。露骨に科学に迎合する宗教というのもね。

 確かに仏教には唯物論的な考え方があります。アジタの快楽主義的なものがそれに当たるのですが、これはのちに仏教自身においても「外道」とされております。

 また釈迦自身確かに、弟子の質問に対して死後の世界などは「無記」としましたが、「ない」とは言っていないのです。ただ「語らない、記さない」なのです。もし釈迦自身が「ない」と思っていたのであれば、そうはっきり語っていてもおかしくないわけですが、あえて「無記」とした意味を考えれば、「安易に肯定することも否定することも決して好ましいことではない」とそういう戒めもあったのではないか。

 要するに生を謳歌している人間が安易に「死後の有無について語ることなかれ」というのが本当のところだったのかもしれないのです。

 また「無我」で魂に当たるものはないんだから、輪廻や死後の世界はないというのも、おかしな話です。釈迦の言う「無我」がそういう単純なものであるならば、それこそ弟子の質問に対して「死後はありません」と答えてそれで済む話です。それをあえて「無記」とした意味を考え直してみてもいいのではないでしょうか。

 藤原先生のドバイの話でもそうですが、無理に宗教が科学に迎合する必要はないと思います。ドバイは、欧米の「科学的なシステム」を模倣し、金融と観光でやっていこうとして自分らしさを失い破綻の危機に陥っております。

 仏教も、科学に安易に迎合する道を選び、それで自らの権勢を維持しようと思うのならば、いずれドバイのように独自性を失い、寺の権威は失墜するでしょう。宗教は、科学にはできない役目を担うために存在しているのです。宗教と科学、それぞれの役割はどちらも尊いものです。それを宗教自身が否定してしまっては何の意味もありません。
 
 釈迦の言う「無我」とははたして本当に唯物論的な意味での魂の否定なのか、ならばなぜあえて「無記」としたのか。確か「無我」=「無記」=「縁起」だったと思いますが、これが何を意味するのか、もう少し深くとらえなおしてみてもいいのではないかと思うのですが。

 私個人としては、「唯識論」に近い立場をとっております。いろいろ考えてみたが、私個人としてはこの思想が一番しっくりします(笑)。
 

投稿: +9 | 2009年12月 5日 (土) 00時30分

こんにちは藤原さん、オーバードクターの話ですが証拠が出て来ますね(笑

総合科学技術会議の構成員
http://www8.cao.go.jp/cstp/yushikisyahoka.html

で、有識者の議事録
http://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/index.html

事業仕分け後の対応
http://www8.cao.go.jp/cstp/budget/zentai.html
来年は助成金の予算も削減されて経済が止まるのは確実そうですね。

+9さんの深いコメントを読んだ後で思う事は、私は何故生きている?考えてもしょうがない。何かの役目を背負って生まれてきた。役目を終えれば迎えが来る。

それと、物作りは自然が相手なのですが、最終的には自分との戦いになります。間違い在りません。精進を怠ると総合科学技術会議有識者の様な生き方になるのでしょう。

人によって考え方や感覚は違いますので自分が納得できる物を持つ事が大切だと思います。それを基準にして他人と比べてみて基準を修正するも良いですし、変わる必要もない。大事なのは自分で考えてみると言う事が今の日本人には必要なのだと思います。

戦後は規格大量生産の労働力を効率的に生み出すような教育や社会制度でしたから、自分で考えていたら落ちこぼれます。自分の頭で考えて行動して結果を受け入れる。これが自然(物)との付き合い方です。思ったような結果が出ないのは自分に足りない所がある証拠。別な意味で厳しい世界ですよ。

それに比べて旧帝国大学を卒業された方々は現場を無視して数合わせや辻褄合わせに翻弄されているようで・・・高額な報酬もあるのでしょうな。

大将である菅直人さんは「過去の失敗を繰り返さない経済運営における「第三の道」は何か。現在、深く考慮中。」だそうで、現場を見ることなく妄想中のようです。
http://www.n-kan.jp/

オーバードクターは学閥優先で国の金を不満が出ないようにバラ撒いている。中小企業は眼中にはないようですね。蛍光灯も交換できない応用物理学卒業者を採用した技術部長が嘆いていましたが、霞ヶ関界隈では常識なのでしょう。

まちづくり、戦略的低エネルギー。ネットで脈略のない所からチラホラ出て来ますね。同じ事を感じている人が沢山居るのではと思います。藤原さんの霊感に導かれて?(笑

投稿: kazu | 2009年12月 5日 (土) 01時39分

みなさん、こんにちは。いつもありがとうございます。まとまったお話をお二人からいただき、ありがとうございます。やはり思想というか、それ以前に人生をどう考えているかが今の時代はごく自然に問われていますね。日本もそうですがイスラム過激派しかり、ゴールドマンの社員しかり。アジアもユダヤ人も人生観がこの半世紀で若い人の間で大きく変わってきているように思います。これがそれらの国や民族の未来に非常に重要な影響を与えるのでしょう。グレイトコラボレーション、過去現在未来を一つの流れでとられられた所から本当に安定した21世紀社会が始まると思います。

オーバードクターのこと、それはすごいですね。あらゆる学科で最近は大変なことになりつつあります。完全に現場が切れた幽霊みたいな科学者が増えてきましたね。エコノミストと称する人たちもそうですが(大笑)。もっと使うエネルギーを減らせばだれでももっと自然との距離が近くなります。そういう時代でしょう。それを情けなくそうなるのではなくて、戦略的に作るところが人の英知でしょうね。多くの人が分かってくれることはとてもうれしいですね。

ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月 5日 (土) 05時12分

ある社長さんが、
自分のためだけの商売はうまくいかない。
人のためだけの商売も、自分が細ってうまくいかない。
自分と人のための商売なら、お互い長く続く。
自分と人と社会のためになる商売なら、なお、繁盛する、
とおっしゃり、そのとおりだと思いました。

デリバティブは、自分が勝つか、他人が勝つかのゲームで、社会にとって、無くなっても特に支障がないと思います。先ほどの、お話を元にすると、いずれ廃れるシステムだろうと思います。

そのようなところには、近づかず、自分と他人と社会のためになることをやっているのが、はるかに健全で、不況対策・生き残り対策にもなると信じています。
又、仕事や会社が、自分とお客様と社会のためになっているのが何よりだと思っています。

仕事や会社が、自分のために良くても、お客様や社会のために必ずしも役に立っていない場合、その仕事や会社がどうなるか興味津々です。
社会にとって、必要な仕事であっても、他人の犠牲の上に自分だけ得をするような行動をする人が見受けられますが、その人が、どのようになるかも興味があります。

投稿: K | 2009年12月 5日 (土) 09時45分

しばらく、ドバイショックが話題になっておりましたが、不思議なことに、市場は、ほぼドバイショック前の水準に戻しております。
今後も、○×ショックなるものが頻繁に出るだろうと思いますが、市場の戻りも鈍くなり、値が落ちていくだろうと思います。
そして、世界金融同時破綻がくるだろうと思っています。

リーマンショックの時に、米国を始め、多数の国が破綻することが運命づけられているように思いますが、どのように破綻するかよりも、混乱をどう乗り切るかを考えた方がよろしいかと思っております。
その乗り切る発想が、ここのブログは多く見受けられ、藤原先生を初め、多くの方に感謝しております。

ただ最近の政治情勢を見ておりますと、不安に思います。自民党政権の時もそうでしたが、政権政党は、献金疑惑で、検察とマスコミに徹底的にやられています。民主も例外ではないようで。
米国などが裏で懐柔しているように思うのは私の気のせいでしょうか。
もう少し、国益に沿った形で、検察やマスコミをどうにか出来ないものでしょうか。

今回のドバイショックで、10兆円の金融緩和がされました。普通は、企業の支援にそのお金が回るだろうと思いますが、一部の経済評論家は、民主の背後にいる外資にそのお金が行き、市場に流れていくことに危惧しています。そうであれば、日銀や政府機関で直接行うよりタチが悪く思います。
マスコミでは、10兆円では足りない、もっと必要だと報道していますが、その報道は外資のやらせかと思うのは私の気のせいでしょうか。

政権が、自民から民主に代わった時に、新しい政治で日本が良くなると期待しましたが、民主の背後にいる外資のうわさ話を聞き、国益が損なわれていることに少々気が重くなります。

今回の金融破綻の最前の解決方法は、外資と縁を切ること、特に米国には日本の政治に口出しをさせないことだと思います。
民主の先生達の一部は、米国を日本の中に入れすぎではないでしょうか。

投稿: ムー | 2009年12月 5日 (土) 22時02分

みなさん、こんにちは。いつもありがとうござあいます。無血市民革命は依然として進行中です。昨日の勝者も市民にそむいたら明日の敗者になります。来年はそれが具体的にいろいろと見えてくると思います。米国も政府としては何ももう動いていないと思います。しかし日米関係にあぐらをかいてカネもうけをしていた連中が内外にいますから、そういう連中が最後のカネもうけをしている部分もあります。でももとが立たれれば枝葉が消えるのは時間の問題ですね。さらにそういうプロセスの後ろ側には世の中の価値観の変化、明るさと温かさの変化が起きていて、自分が変わらない限りどうやっても生きる道がない人や企業がたくさんあるわけです。その人たちの阿鼻叫喚がまた世の中に響き渡っているところです。すごいじだいですね。
どうぞますますご活躍ください。
ありがとうございます。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月 5日 (土) 23時01分

こんにちわ。
SAWADAと申します。9月に起こった政権交代の全容を把握したく、いろいろと書籍を探したところ藤原先生の著書「無血市民革命が始まった」を読み、最近こちらを拝見するようになったものです。
私は、医療ジャーナリスト故今村光一氏が遺した研究群で薬を使わない健康管理を模索する団体、NPO法人自健会で相談員をしているものです。活動内容に関してはブログなど開設していますのでよろしかったらご覧ください。「自健会 SAWADA」で出てきます。

藤原先生がたびたびおっしゃっている無血市民革命は医療分野、予防医学の分野でもひそかに地鳴りのように進行しています。それは今の医学を根底から揺るがすような、徹底的な変化となりそうです。医学の概念から変わるものです。

自健会には今の医療では治らないとされている、ガンや統合失調症、または具合がよくないことすら認めてもらえないような更年期のような症状のある人、従来の医学の何でも薬や手術で解決しようとする医学に非常な不信感を持っている人たちが集まってきています。
医療ジャーナリスト今村光一は「今の食生活では早死にする」を出版してから食と病気に関する世界の研究を翻訳してきました。私たちはそれらの書籍を参考にして、自分の健康管理に役立てているのです。
それは生化学で理解する栄養と体の働きを詳細に記したものです。

これら生化学は、薬を使わずとも病気を逆転しそれを維持する方法を示していますので、患者にとっては貴重な情報なのですが、医師や製薬メーカー、医療産業全体にとってはそうではありません。
これまで、栄養を重視しようとした心ある医師や、食べ物によって病気が作られているのだという証明をしようと試みた学者は次々に社会的に葬られました。科学を無視し、世の中の秩序を乱す存在として糾弾され非難されてきたのです。

その存在と遺志が今まさに世の中の趨勢に負けて風前の灯火になろうかというときに、風が吹いてきたのです。
インターネットの存在によって、食べ物で良くなったという声が記録に残るようになりました。「食べ物でよくなるというなら、今までの医学と薬というのはなんだったんだ?」という疑問が燎原の火のように広がり始めたのです。

地すべりのような大規模な変化がまず糖尿病の分野で起こっています。これは患者の意識革命です。「糖質制限」で調べてみてください。そこでは医療のみならず産業構造も覆しかねない真実が明らかになりつつあります。また薬で抑えるしかないと思われていた精神疾患もです。
ここでは患者がよくなっていく過程を患者自らが証言しています。

これまでの医療は政治と同じく縦割りの構造になっていて病名別に分けられてきましたが、これが多剤薬剤を招き医療費を押し上げてきてしまいました。
「食が病気を作っているのだ」この認識が広まった場合、医療の問題は瞬時に縮減されていくでしょう。

ただ「食事療法はたんなる気休めにすぎない」という一般の認識は強固で、なかなか崩しがたいものです。食事療法があまりに軽んじられる根本はそこに科学的な説明がないことが一因である、私は考えています。

私たちはそこに生化学の視点をもって、病気や不調がよくなっていく過程を表現する試みをしています。これは今治りつつある患者にしかできない作業です。
頭の硬い、既得権益のある医師や医学会は信じなくても、また否定しようとも、薬や手術だけが治癒へのすべてではない、と感じている患者には信じてもらえるはずです。そして、考えてもらえるはずです。

藤原先生のコメントにありました、

「人によって考え方や感覚は違いますので自分が納得できる物を持つ事が大切だと思います。それを基準にして他人と比べてみて基準を修正するも良いですし、変わる必要もない。大事なのは自分で考えてみると言う事が今の日本人には必要なのだと思います。」

この言葉をまさに日々痛感しています。
私たちはこれまでの医学の考え方に知らずに影響を受けていて、これが実際の生化学現象の理解をとても難しくしています。例えるなら今の医学は臓器の医学ですが、栄養学、生化学は細胞の医学といえます。
これまで医師任せで自分で健康管理をコントロールする習慣がなかった患者は、なにをしたらいいのか皆目見当がつかない、どうしたらいいのかと途方にくれます。健康管理は、自分で考え納得しないと継続はまったく不可能なのです。

しかし自分で考え、自分で調べ納得し、方法を選んで実行した人から気がつき始めています。日々病気や不調が良くなっている実感をつかむと「やはり体は食べ物で作られているのだ」とわかってくるのです。
納得して実行し回復した人から、心のそこから納得を得て、漠然とした病気への不安から開放されていっているのです。


藤原先生、インターネットによって権威が崩れ、横型リーダーシップが広がってくるとおっしゃっていましたね。確かにこの分野でも、権威がいてそれを学ぶ生徒がいるやり方では上手くいきません。
患者同士が情報交換をして、お互い学びあう環境があり、成果が見える場所があると非常なスピードで理解が進んでいくのです。

トーマスエジソンはこんな言葉を遺しているそうです。「将来の医者は薬を使わなくなり、患者には人間そのもののケアや食事、それと病気の原因と予防といった問題に関心を持たせようとする医者になろう」
今の世の中の動きを見て、この言葉どおりの未来を予感しています。なぜなら、市民が自分で考えるという姿勢を持ち始めているのを感じるからです。

私は今村光一が遺した研究によって、後半生の人生を救われた一人です。しかし、その研究群も真実を十分に表したものでなく、まだまだ発展途上です。
患者の取捨選択によって本当に整理され、洗練されていくのはこれからなんです。これは患者の意識次第だと感じています。

政権交代からにわかに政治には関心が出てきました。このような時代に、予防医学は今の財政状態の解決策となりうるからです。まさに風穴が開いた思いで、世の中の動向を見つめています。

またお邪魔させていただきます。
藤原先生の言葉にさまざまなインスピレーションを頂いています。ありがとうございます。

投稿: SAWADA | 2009年12月 6日 (日) 14時53分

SAWADAさん、こんにちは。いつもありがとうございます。大変貴重なお話をいただき、まことにありがとうございます。さっそく勉強させていただきます。おっしゃる通りなのですね。本当は食事療法は相当効果があるのですね。いまの時代、普段の食事の乱れが健康だけでなくあらゆるところにひずみを起こしているようです。正常と病気の境目を明確に引くものですから、普段多くの人は本当は相当危険なことをやっているのに平気でいるわけです。体と精神が共生を保てるように生きないとなりませんね。来年は本当にいろいろな分野で転機だと思います。どうぞますますご活躍されてください。
ありがとうございます。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月 7日 (月) 08時54分

先月27日の“ドバイ・ショック”から、新たな資金供給を発表した“日銀・ショック”を経て、金曜日の米国雇用統計の大幅好転を反映して、一時は大円高、そしてその後は大円安と、大波乱の相場展開となった。

        11/27 12/4  変動率
ドル・円    84.79 90.78 -7.1%
ユーロ・円  126.83 134.53 -6.1%
ポンド・円  139.20 149.11 -7.1%

そもそも、ドバイ・ショックは何だったのか?
“リーマン・ショックの再来か?”と一部の参加者が浮き足立った。
只、世界経済がようやく落ち着きを取り戻し始め、中央銀行が出口戦略を考え出した矢先の出来事で、ドバイ・ワールドに金を貸し込んでいる欧州と英国の金融機関は、肝を潰したことであろう。
ユーロとポンドに、新たな懸念材料が加わったと言っても言い過ぎではない。

そして日銀ショック。
新たな資金供給策を発表したが、果たして借り手はいるのか?
その後、株価は堅調に推移し、為替相場も円安気味に動いているが、これは日銀の新たな資金供給策の発表の結果と言えるかどうかは分からない。

それよりももっと分からないのは、金曜日の米雇用統計発表後の市場の反応である。
失業率が10.0%となり、前月より0.2ポイント低下して4ヶ月ぶりに改善したが、依然として二桁であることには変わりない。
非農業部門雇用者数も、市場の予想を大きく上回って好転し、1万1千人の減少にとどまったが、人材派遣などの企業にとって一時的な支援サービスによるものであり、その持続性については疑問である。
そもそも単月の経済指標の結果の善し悪しで一喜一憂し、“あたかもトレンドが変ったか?”のような乱暴な取引が行われることが解せない。
やはり12月特有の、市場の流動性が減少し、反対に市場のVolatility.=(変動率)が増加する現象であると見ても良かろう。
今年になってからも数度、米国雇用データが市場予想値よりも良くて短期的にドルが買われ、その後急落、という場面を見てきた。
どう考えても、90円台というのは如何にも出来過ぎ、という気がしてならない。
今日、またドル・ショートのポジションを構築した。

投稿: 長× | 2009年12月 7日 (月) 17時15分

長×さん、こんにちは。いつもありがとうございます。米国はどんどん断末魔状態になっていて、もはや理論や理屈が通用する段階ではないように思います。ふと気がついたら消えているという感じでしょう。一人一人の生き方が問われますね。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年12月 7日 (月) 17時53分

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