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2009年10月20日 (火)

藤原直哉の「21世紀はみんながリーダー」 2009年10月20日 斬り役と斬られ役

斬り役と斬られ役

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コメント

 西川社長が辞任の意向を表明しました。
鳩山氏(弟)の笑顔のコメントが良かったですね。
斬られたはずの鳩山氏(弟)が笑いhappy01、斬ったはずの西川社長が沈んだ顔sadになっており、非常に印象的でした。テレビのカット割りがうまかったということでしょうか。
 民主党が政権につく前に、菅氏が 『 細川内閣が短命に終わったのは、自民の不正を暴かなかったからだ。次は自民党時代の情報公開はする。』 と言っていました。
 西川社長が辞めれば、郵政民営化の闇の部分が表沙汰にされる可能性もあり、今後の推移に注目しています。
 又、芋づる式に自民(小泉・竹中など)の不正が出てきたら、参議院選挙にも影響が出ますね。
 自民党時代の不正がどう出てくるか注視しています。
 自民は自民で、民主党を斬ろうとしているので、その政治闘争がどうなるか、政治も経済も動乱期に入ったようで、目が離せません。

投稿: baba | 2009年10月20日 (火) 21時42分

斬り役と斬られ役 勉強になりました。特に斬られる事によって禊が出来る。分かるような感じがします。自信が無いとき藤原先生のアドバイス・言霊(笑)を聞くと元気がでます。

投稿: 北九州 タカシ 35才 | 2009年10月21日 (水) 00時06分

藤原先生

いつも勉強をさせていただき、ありがとうございます。
私は高校数学の段階で「虚数」というものがあって、存在するんだけど、よくわからないことがあるんだなー。と思いました。(もともと数学は苦手なので。非線形となりますと数学で重要なイマジネーションが全く湧きません。)
私は勝手に線形=理屈の世界と思っております。役所にいた時に、農家に線形計画法に基づいて指導したことがありますが、補助金で購入したトラクターは壊れるは、連作障害などなど想定外のことばかりでした。痛い失敗でした。(農家はどんぶり勘定が多い(お盆ころになるとお金がなくなる。)のでそれは良くないと思っていたのですが、それくらいの気持ちで作物を作ったほうが良いのかもしれません。)
私たちは嫌な目(切られ役にならないと)に合わないと悟れない未熟な存在なのかもとも思いました。
うちの主人の理屈についてげんなりしていたのですが、考えてみるとよくそんなことが思いつくよなーと感心して、面白いので収集、評価してみることにしました。そうしてみると理屈をこく主人も楽しく感じられます。本当に自分の視点が変わるといかにも世界が変わるものですね。

投稿: far mountain | 2009年10月21日 (水) 06時14分

babaさん、こんにちは。いつもありがとうございます。西川社長の辞任会見の様子は、まるで住友銀行の磯田一郎元頭取の亡霊を見る感じでしたね。銀行を私物化し、住友を暴力団とずぶずぶの関係にしてやりたい放題をやって最後に狂い死にした磯田氏。同じ遺伝子だと思いました。あの銀行は今でもそういう遺伝子で動いているということですね。まだいくらでも出てくると思いますよ。

北九州 タカシ 35才さん、こんにちは。いつもありがとうございます。今の時代は止まるとなかなか大変です。どうぞ元気を出されて前に進んでください。問題は走りながら解決するという生き方が大切ですね。昔、テレビを見ていたらこんな記録映画がありました。海に沈めた鉄の檻に入って、檻の中からサメを撮影しているのです。ところがサメがどういうわけだか檻の鉄の棒の隙間から檻の中に入ってきてしまったのです。それで中にいたカメラマンは必死にサメの脇をすり抜けて檻の外に逃げ出していきました。このカメラマンと同じような状況になっている人が世の中に増えてきているように思います。最後は自分で動いて逃げて安全なところに行かなければならないのですね。

far mountainさん、こんにちは。いつもありがとうございます。先日は農園にお越しくださいましてまことにありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。そうですか、農家のご指導をしておられましたか。農協に口座を持ってどんぶり勘定をやっている農家には経営という感覚はほとんどないですね。沖取りの漁師、あるいは山の動物を追う猟師と同じで、取れたら天の恵み、取れなかったらそれはそれ、という感じかと思います。これが直売とか養殖とか養豚とかやっておられる方々は経営者という感じです。ですから制度によってずいぶん第一次産業に携わる人たちの意識が違うのだと思います。線形と非線形ですが、簡単に言えば非線形というのは何でもありということで、この世は基本的には非線形なのです。そもそもわれわれが使う地図も平面に書かれていますが、本当は球面ですからね。大きな地図になると微妙に違ってきます。あと、東京の中央線は新宿から立川あたりまで東西にまっすぐですが、緯度線に対しては斜めに傾いています。どっかの本に書いてあったのですが、その理由は実は中央線が作られた明治時代にはぴったり緯度線に合っていたのだけれど、北が動いたので今は斜めになっていると。本当かどうかは知りませんが(笑)。何事も線形で考えるとわかりやすいのですが、やはり端っこのほうでは限界を超えた誤差が出てきて、その誤差のところから思いもかけないことが生まれてくるのですね。誤差を無視するか、誤差にビッグバンのタネがあるから重視するか、物の見方、人の生き方にもかかわってきます。世の中いろいろなことがありますが、すべては神劇です。元気に乗り切ってまいりましょう。ご主人にもよろしくお伝えください。

みなさんありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年10月21日 (水) 07時47分

藤原先生、こんにちは。
今回もすばらしいお話ありがとうございました。

「これまでも、これから先も、人の生きる道は天によって完璧に決められていて、それでいて、人は完全に自由だ。根っこのところを天にあずけている限りは。」

これは現在連載中の漫画バガボンドで、沢庵和尚が、幽閉中の宮本武蔵に言った言葉です。バガボンドというのは、熊谷先生が対談の中で、藤原先生に今一番流行っている漫画ですよ!と言ったアレです。藤原先生はそれ何ですか?といってましたが(笑)

最近、天という言葉をいろいろな人から聞きます。源氏物語も、「あれはほとんど本当にあったことだ。だから読み継がれているのだ。」とおっしゃっている方もいました。天を感じるか感じないか。本物を感じるか感じないか。現在の乱世の中、人は天や本物との繋がりを求めているのでしょうか。今回の先生のお話を聞いてそんな風に思いました。

失礼致しました。

投稿: 狛犬くん | 2009年10月21日 (水) 16時15分

fujiいつもお世話になっております。
先生のお話は一昨年ごろから 拝聴させていただいきずいぶん勉強させていただきました。有難うございます。

ここにお集まりの皆様は 大体、「覚悟」を決められ それぞれ対応なさっておられると思います。

昨年後半より 先生の「落ちる・止まる・・。」を聞き
我が家も食糧備蓄を始めましたが 缶詰は3年の消費期限でまだ先があるのですが 新米の購入契約をどうしようか?
今朝、女房にきかれ 悩んでおります・・・(備蓄米との関係で)。

対処法は自己責任ではありますが 周辺には親戚農家も居らず 年寄りと子供の分を考えると どれ位の兵糧を考えなければならないのか?とか 代替エネルギーとしての薪なども備蓄した方がいいのか? 
他必要なものなど・・・。
 また最終「予兆」などは何か?なども(銀行のシャッターがある朝、開かないとか)。

私などは体験も創造も出来ないものに対しては 覚悟はもてずに 直面したら家族を守れるか心配です。

過去、色々取りざたされましたが そろそろXデーが近いのではと思われます。
 具体的なその時の全体像(期間や庶民生活など)と 対応策など勉強したいです。


それから 一連の経済の好況、不況、は国際金融資本の計画通りであり 今回の恐慌も実は「クラッシュプログラム」でありよりガバナンスを強め 目的を達成するためのシナリオーーーというのは 俗に言う とんでも「陰謀論」の類でしょうか?


 

投稿: roan | 2009年10月21日 (水) 18時35分

 1929年にニューヨーク株が急落し、
米国経済は確か1938年ぐらいまでは景気が悪かったはずで、
9年ぐらいは不景気が続いていたと思います。
 2007年にバリパショックがあり、金融市場が神経質になり始めたと思いまが、それから、9年不景気が続くと単純に仮定すると、2016年ぐらいまで悪い可能性があります。
 不景気がいつまで続くか予測は様々あり、3年という意見は少なめ目で、
今のところ5年ぐらいが多いように感じます。
 1929年の株式暴落の不景気は、弱い国が国家破綻しましたが、
今回は、強い国も国家破綻する可能性のある凄まじい金融危機です。
 今の時点で、英米は国家破綻したも同然で、日本やEUは半死半生の状態と言う意見が多く見られます。
 でも、今はまだ金融危機の序盤戦の段階で、これから本格的な金融危機が始まり、金融混乱に移行し、資本史上最大の不景気がくるのは間違いないと思っております。
 私は、経済誌を極力読み、どういう混乱になるのか情報収集をしていますが、なにせ、未経験なものでどのようになるのか、とんと予測がつきませんが、・・・・。

 今回の不景気の源になっている世界に広がったデリバティブの負債や国の財政赤字を誰が負うのかと考えたら、 (難しいことや深いことがよく分かりませんが、)
蓄えのある国・企業・個人の富が全て吹っ飛ぶのではと思います。
又、蓄えのない国・企業・個人は、程度はわかりませんが、ひどく苦しむのではと思っています。

投稿: マモ | 2009年10月22日 (木) 03時22分

狛犬くんさん、こんにちは。いつもありがとうございます。漫画のこと、ありがとうございます。よく私は何でも知っているねといわれることがありますが、それは完璧な誤りで(笑)、興味のあること以外、何も知らないのです。ですから漫画、芸能、スポーツ等々、何度聞いても、何度写真を見てもまったく覚えないことがたくさんあります(大笑)。それはともかく、おっしゃるとおりですね。21世紀は天と自分をつなぐ絆を意識していないとなかなか行きづらい世の中だと思います。というのは、意識している人が増えてきて、そういう人たちが、意識していない人たちの想像をはるかに超えて大活躍する様子に圧倒されてしまうからです。ちなみに、今回のベティン教授の講義の中で、教授はコリン・パウエル元国務長官の言葉を引用されました。(ちなみにベティン教授はベトナム戦争のときに徴兵され、80年代に米国陸軍史上最年少で大佐になった方。大佐の上は少将http://www.ltstf.com/ola4/MeetPatBettin.aspx)。パウエル氏は企業向けにもリーダーシップ研修をやっておられるのですね。「人を選ぶときのパウエルの基準」。知性と判断力を見るが、最も大事なことは、将来を予測し、曲がり角の向こう側を見とおす能力を備えているかどうかである・・・。こういう能力は理屈では理解し得ないのです。天とつながっていて初めて備わる能力なのです。逆に言えば今日の大きな組織のほとんどがいかにお粗末な人たちによってリードされているかもわかると思います。ベティン教授も若い頃、戦争で生き死にの境目をさまよった方です。こういう人でないとわからないことが世の中には結構あります。だから私は教授が好きなのです。逆に21世紀はこういう人たちをリーダーとしてどんどん登用する時代です。そうするとそうでない人たちから見たら想像を絶するというか、完全に理解の範囲を超えるすごい時代が来ることになるのです。

roanさん、こんにちは。いつもありがとうございます。おっしゃるとおりでXデーは近そうですね。何が起きても、とりあえず1週間、立てこもっていられる食料があれば大丈夫でしょう。地震、インフルエンザ、戦争、経済破綻、何でも1週間経てば次の展開が見えてくるでしょう。薪などはいざとなれば何とでもなります。本当は食料も何とでもなるのですが、危機における安心感という意味が大きいと思います。あとは来るべき危機を境に、その危機の向こう側で自分がどうなっていたいかということを十分に考えておくことですね。これが最も大切なことだと思います。そしてその計画は危機とともに実行開始となるということです。

マモさん、こんにちは。いつもありがとうございます。はい、そうなると私も思います。今までもってきたことのほうが不思議ですらあります。ここは積極的に行動して未来を開くしかありませんね。

どうもありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。

藤原直哉 拝


投稿: 藤原直哉 | 2009年10月22日 (木) 05時24分

仰るとおり、止まったらいろんな煩悩に囚われます。活き活きとした流れが阻害されるのです。善悪を自分でコントロールしようとするとキツイです。大きな力に任せるのです。

心が何かに止まること、つまり「執着」は心にとっても良くないです。組織も同様ですね。
⇒およそ病とは心の留まりをいふなり。(柳生但馬守の活人剣より)

放送を拝聴し、中国の故事にある『流水腐らず』を思い出しました。
「心は万境に従って転ず。しかし転ずる所、実に幽なり」ですね^^


投稿: ハゼ | 2009年10月22日 (木) 10時35分

ハゼ さん、こんにちは。いつもありがとうございます。はい、おっしゃるようにすがすがしく、変化を楽しみながらよい流れの中で生きていきたいですね。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年10月22日 (木) 14時04分

 米国の農家個別所得補償のおかげで、日本は米国農産物を発展途上国の農産物と同程度の価格で買っています。
 米国の所得補償率が40~50%程度と記憶していますが、米国は、40~50%割引で農産物を国内外の消費者に売っています。その割引代は米国政府が肩代わりをしてくれます。
 米国政府は、所得補償率の高い農産物を海外に売れば売るほど損をし、日本などの輸入国は得をしています。
 競争力のない商品の場合、無理に自由貿易で競争をすると損をするようです。盲点ですね。

 米国は、工業品はアジア勢にやられ、輸出に強い農産物は売れば売るほど米国の税金が海外に逃げ、金融は失敗し、何の利益を求めて自由貿易を推奨しているのか疑問に思います。
 個人的には、自由貿易はメリットよりもデメリットが多いように感じます。

 日本でも所得補償をするようですが、国内向けに売る農産物に関してはかまわないと思います。なぜなら、原価割れの農産物を消費者が買え、その減収分を農家に税金で還元するのは理に適っていると思われ、両者にメリットがあります。ただ、所得補償を受けている農産物は外国に売ることは避けた方が良いかと思います。

 農産物の所得補償に関して、一般の消費者は、農家の企業努力が足りないとかいいますが、実態は経費も必要最小限だし、自分の人件費(所得)も削って農産物を売っています。

 農産物の値段は、競りで、買い方が消費者や小売りの動向を重要視し、買いたたきます。買い方有利で価格が決定します。
農家にしてみれば、割に合いません。
 (反対に、ブランドものは、売り方有利に価格が決定します。)
 市場の価格決定の歪みを正すか、所得補償で補填するか、どちらかが必要だと思います。

投稿: 未来志向 | 2009年10月22日 (木) 23時54分

未来志向さん、こんにちは。いつもありがとうございます。はい、日本の農業もやっと個別所得保障のところにきましたね。農協経由で業者にお金を渡すのではなくて、農家個人にお金を渡す。同じ補助金ならそうしなくちゃなりませんね。そもそも世界を見て農業政策でのたうち回っていない国はないぐらいです。ですからそもそも農業は貿易とか市場経済には非常に乗りにくいものなのです。もっとそれぞれの国で自給すべきものなのでしょうね。ありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年10月23日 (金) 06時06分

 社会の発展と技術、知識の獲得は、それ自体が並行して(比例して)行われなければ、より深刻な問題に発展すると思います。つまり、いびつに発展してきているから、新興宗教みたいなものに救いを求める人々が増えたり、一方では拝金主義で人間同士の関係が希薄化しているという現状です。

 昨今、理科離れや科学に対する反発が増えてきており、私自身も、今の文明礼讃、技術信仰に大いに疑問を持っております。

 結局、以前にも書いたとおり、このままいけば科学が導き出す結論は「自己の尊厳、プライドの否定」でしょう。それに関しては、多くの人々が(とくにスピリチュアルに関心を寄せている人々など)薄々気が付いているし、恐れてもいる。

 だからこれ以上自己の存在を否定されないためにも、「創造科学」や「インテリジェントデザイン理論」などの根拠薄弱な進化論を、ある意味無理やりにでも科学の基盤に乗せようと躍起となっている。

 結論から言うと、「創造科学」やそれから派生した「インテリジェントデザイン理論」では、おそらくダーウィニズムを克服することはできないでしょう。「進化論は熱力学第2法則に反するから誤りだ」と主張しているレベルでは、到底進化論者たちを納得させることはできません。開放系と閉鎖系におけるエネルギー授受の関係が分かっていないから、こういう批判しかできないわけです。

 また、「ヘッケルの胚の捏造」事件ほか、いくつかの「進化論の捏造を裏付ける証拠」とやらも、確かにそれ自体は事実かもしれないが、わずか10個かその程度では、とてもダーウィニズムを覆しえない。なぜならダーウィニズムを裏付ける証拠はいくらでも見つかっており、それこそその論文を収容するだけで国会図書館級の建物を何軒も建設しなければならないほど集まっているからです。

 ただ、気持はよくわかります。「インテリジェントデザイン理論」の日本での提唱者でもある渡辺久義氏(京都大学名誉教授)も、「唯物論」に対する嫌悪感をあらわにしてこれを推奨しているようです。

 私は、個人的な良心から、「インテリジェントデザイン理論」には反対する立場ですが、現在頻繁に起こっているこのような「心の復権」を目指す運動は、科学が発展すればするほど激しくなっていくであろうと推測できます。

 これにたいして、一般に「疑似科学を批判し、警鐘を鳴らしている懐疑論者(スケプティスト)」と呼ばれている人々は、昨今のこうした疑似科学や理科離れ、オカルト主義に対し、「合理的精神の欠落ぶり、普段から合理的に考える癖を身につければ、こんなのは回避できる」としております。

 はっきり言って、これは全くの幻想です。

 リベットの実験によれば、人間の自由意志はほとんど否定され、ただ無意識からの情報を確認しているだけとなります。であれば、そもそも「合理的に考える」こと自体、あり得ない話となるでしょう。結論はあらかじめ決定されてしまっているのです。それも、0.35秒も前に。

 では、なぜオカルトに傾倒する人々の脳内の無意識は、オカルトにはまるように決定されているのでしょうか(笑)。もとから「合理的判断能力が欠けているから?」

 ではないでしょう。むしろ、個々の判断レベルにおいては逆に「合理的にふるまうから」こそこういうものにはまらざるを得ないのです。

 現在、うつ病など心の病で病院に通う人々は急増しております。「心の時代」と言われて久しい限りですが、最近ではその傾向はますます強くなっているようです。

 こんな状況で、さらに「心の価値、意味」を否定されたら、どうなると思いますか?もっと深刻な状態になると思いますよ。

 それで、現在の科学は「個人の尊厳の否定」の方向に進んでおります。

 だから、どこかに「心の価値や意味を求めること」で、「精神の安定」を保とうとするわけです。

 つまり、疑似科学やオカルトに傾倒する人々が増えているのも、ある意味「自己存在を守るための防衛措置の一種」と考えれば、なるほど個々の判断レベルにおいては確かに「合理的」なわけです。したがって、懐疑論者が言う「非合理性なるもの」こそ、リベットの実験という観点から見れば、間違いに過ぎません。

 それもそうだし、彼ら懐疑論者、あるいは合理主義者たちは、仮にすべての人間が、彼らの意味での「合理的的判断を行う人々」になったとしても、その総和が必ずしも「合理的結論に到達するわけではない」ということを理解して話しているのでしょうか?

 サブプライムローンなどを見てみるとわかると思います。サブプライムローンにかかわったのは投資家、国家、金融工学者、大手金融機関、そして低所得者層です。実は、彼らは個々の判断レベルにおいては、きわめて「合理的に」判断しているのです。

 どういうことかと申しますと、低所得者層は家がないと、もはや生活すらままならないわけで、冬場なら明日にでも路上で凍死しているかもしれない。だから家を求めます。これは「合理的」です。しかし、所得が低いから、それもままならない、しかし、サブプライムローンは、初め数年間は低いローンで何とかなると踏んでいても、いずれは数倍に跳ね上がるわけで、もちろんその時に自分はローンを払っていけるのか心配だ、という人もいました。ここも「合理的」であるといえましょう。
 
 で、それをこの金融商品を販売している担当者に質問するわけですが、その時にその担当者は、「これから住宅価格は上昇するから大丈夫だ」みたいなことを言って、客を安心させます。つまり、担当者も、この金融商品をいかにして売るか、そしてそのためにはこの金融商品の性質や、おそらく予想される質問などにもよどみなく答えるよう、会社から教育されていたはずです。つまり、担当者も会社も、「いかに商品を売り上げるか」という目的を「合理的」に処理していたわけです。

 そして、それを購入した低所得者たちも、名前を聞けば立派な会社だし、生活が苦しく明日にも路頭に迷うような状況をいかに打破するかを考えた場合、「信用もある会社で、受け答えする担当者もよどみなく説明する、自分の疑問にも満足に答えてくれた、これなら大丈夫だ」と、今置かれた状況から、「合理的に」判断するわけです。

 まさか、明日にも生活に困りそうな人に、金融の知識を学び、サブプライムローンの胡散臭さを指摘する力があれば、金融危機は回避できたんですよ、とは言えないでしょう。そんな余裕もない、本当に明日をも知れない状況だったのですから。

 そしてこの金融商品は、一流大学を出たそれこそノーベル賞クラスの経済学者が加わって構築されております。当然、彼らはその会社から要求された仕事を「合理的」に行っていたわけで、前提条件以外は完ぺきに論理的な金融商品をこしらえたわけです。当然、金融商品開発者たちも「合理的」に動いたわけです。

 さらにこの調子で、格付け会社も「合理的」に活動し、また投資家たちもその内容を見て、自分たちが「効率よく儲けるために」「合理的」に行動した。その積み重ねがサブプライムローンの破裂だったわけです。

 同じことは、民主主義から独裁への移行にも言えます。かつてのナチス台頭もこれと似たような状態です。

 第1次世界大戦で敗北し、民族のプライドを失い、さらに大恐慌で当時の経済学者の誰もがさじを投げ出していたワイマール共和国。合理主義者によれば、「ナチスの問題点を指摘するだけの合理性がドイツ人にあれば、ナチスの台頭は防げた」らしいですが、これがいかに錯覚なのかは当時のワイマール共和国の状況を見てみればわかると思います。

 失業者の数は尋常ではなく、治安は極端に悪化、愚連隊が暴れまわり、もはや無法状態に近かった。人が死ぬのは日常茶飯事で、失業者は明日にもうえそうな有様です。そんな中、たとえば「ナチスの優生学は正しいのか」を調べるためにわざわざ大学の図書館に調べに行ったり、生物学の本を読みあさるのが、「合理的」でしょうか?また、ナチスの経済政策が間違っているかを調べるために、わざわざ経済学を勉強しなおすとか、そういうのが「合理的」と言えますか?

 ではないしょう。なぜナチスが支持されたか、それは、民衆に対して自分たちの国が進むべき方向性を明確に示したからではないですか。

 もし自分の生活が徹底的に追い詰められている時、普通の人間ならば、あいまいではっきりしない将来像しか語らない政党と、自分に対してはっきりとした方向を示してくれる政党と、どちらを支持するでしょうか?どちらを支持するのがはたして「合理的」と言えますか?

 答えは言わずともわかることだと思います。ナチスの掲げたマニフェストは、実にわかりやすく、明確なものでした。

「すべてのドイツ国民に、パンと職業を」

 ほかの政党がこれと言ってはっきりとした道筋を示せなかったのに対して、ナチスだけがはっきりとした道を提示した。これではドイツ人がナチスを支持したのも当たり前です。ただ、この結果が世界全体と言う「マクロレベル」でみれば、必ずしも「合理的結論には至らなかった」そういうことです。

 つまり、「個々の合理的判断がマクロレベルにおいては必ずしも合理的結論に至るとは限らない」というわけです。いや、もっとひどい結論に至るかもしれない。サブプライムローン然り、ナチス台頭然り。これがわかっていて懐疑論者(スケプティスト)が合理的精神の重要性を説くのならいいが、昨今の彼らを見ていると、どうも非科学的な者を嘲り、自分たちの優越性をひけらかすような、そのような「選民意識みたいなもの」が感じられます。

 この科学が発展した中で、オカルトや創造科学などに興味を寄せる人々が増えるのは、このままでは自己の存在すら危うくなるという本能的な危機感からです。科学はあまりにも宗教に対して越権行為をしすぎたのです。

 たとえば、進化論でも「生命の起源」までは言及していなかった。これはダーウィン自身が「種の起源」という本を書いていることからも明らかです。あくまでも「種の起源」であって、「生命の起源」ではないのです。

 だから、進化論でいえば、せいぜい言えるのが、地球上のすべての生物は共通の祖先をもち、我々は猿の変種であるということしか言えないはずです。実際、無生物から生物は生まれません。だから、生物の起源までは範囲ではないし、これはむしろ宗教などの領域であったはずです。

 しかし、いまや科学者は「無生物から生物は誕生しない」という原則を捻じ曲げてまで、確率論で「生命の起源」を解き明かそうとしている。要するに、「最初だけは無生物から生物への化学的進化」があったという「例外」と「偶然性」を持ち込んだわけです。

 確かにミラーの実験で、DNAの構成要素であるアミノ酸を生み出すことには成功しました。ですが、そこから生命になるには、途方もない年月と、天文学的確率を用いなければ説明できないわけで、その段階は、あっさりと語られるほど、単純なものだとは到底思えない。

 だから、「生命起源」に対して言えば、安易に語られるべきではないし(もちろん、そこに神が加わったという語り口も、あまり好ましくはないのですが)、まだ仮設の段階とはいえ、あまりにも「生命に対する配慮」が欠けているのではないかと思う。

 したがって、これでは宗教家やあるいは心の重要性を説く人々が危機感を持つのも、仕方がないような気もします。本来、科学の範疇にはないものまで(死後の世界など)語ろうとするから、こういうことになるのでしょう。それに反発する形で、「非合理的なもの」に対する関心が高まってきている。

 人工知能もそうです。彼らは「人間はほかの生き物と比べて特殊な生物というわけではないから、人工知能は完成できる」とよく言いますが、それはまず「昆虫レベルの人工知能」を完成させてから言うべきです。もしゴキブリ程度の知能でも作ることができたとしたら、その人は間違いなくノーベル賞ものでしょう。

 ここらでいい加減、科学で説明できることとそうではないこと、技術で可能なことと不可能なことの区別をつけ、「科学と宗教の住み分け」を考えるべきでしょう。

 我々の科学では、おそらくどれだけ発達しても、「生命起源に対するもの」は常に「偶然性」を伴ってしか語られないと思います。はたしてそれが科学と言えるのかどうか、これはいずれ検討してみたほうがいいかもしれません。

 また、生物特有の知的創造性も、おそらく機械で再現するのは無理でしょう。いまだ人工知能では昆虫レベルのものさえ知的創造性に当たるものを有していません。アルビン・トフラーに言わせれば、生物と無生物の境界も危うくなりつつあるかもしれないということだが、生物と無生物の違いを分けるとしたら、おそらくこれではないか。それこそ以前話した「偶然性を必然に変える何か」が欠けている限り、おそらく「生命起源もわからず人工知能も真の意味では完成しない」でしょう。

 21世紀は、科学と宗教双方がバランスをとって住み分けしていかないと、さらに人心荒廃が進むと思います。どちらかに偏りすぎても駄目です。一度、今の技術礼讃や科学信仰も見直してみてもいい時期ではないかと思います。

投稿: +9 | 2009年10月24日 (土) 18時23分

+9さん良い問題提起をしていただきました。
生活習慣病、心の病に薬で対応する風潮について論じて頂けるとありがたい。所詮、生物なのだから生物として対応するのが筋と思います。もっと言えば、これらにまともに対応できる家庭の構築が筋と思います。自己の存在を守る生物らしい対応なのでは。
 選民意識 私も感じます。選民にやられてしまわないように身近な実例を見て、自分の身は自分で守ろう。家庭で守ろう と言うべきか。

投稿: kunio | 2009年10月25日 (日) 00時16分

+9さん、kunioさん、こんにちは。いつもありがとうございます。このままの様子ですとこの年末から来年は世界中、あらゆる側面で大騒ぎになるでしょう。そのなかでいろいろな模索が始まると思います。そこが一番大事なところで、そこから本格的な21世紀のかたちが生まれてくると思います。21世紀は量子科学を見てもわかるとおり、統合あるいは融合の時代です。目に見えるものと見えないものに本質的な違いがないことがわかったと同時に、ではその両方の根源であるエネルギーはどこからどのように来るのかは、わからないわけです。わからないけど、まちがいなくエネルギーはしかるべきところにしかるべきように来ています。これをわれわれは偶然だといい続けてきたわけですが、さすがにもうその理屈は通用しないでしょう。科学者も宗教家も自分たちの存立を保たせてきた今までの壁がどんどん崩れてきてあわてているところが多いように見えます。さて、どうするのか、とても興味深く見ています。時代の転換期というのはちょっと遠目で見ていると実に興味深いですね。どうぞ引き続きご活躍ください。ありがとうございます。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年10月25日 (日) 06時33分

こんにちは藤原様、ラジオ朝一番のオンデマンド放送を聞きました。

横型に人を繋いで新たな産業を育成する為には、天下り先を大きく削減する必要がありますね。

委託研究の採択先の8割ほどが管理法人として関連していて、残りの会社が研究管理業務を行うには10億円程度の売り上げがある中規模企業。費用対効果が見えてくる事業開始(施策)から5年ほどすると名前が変わって、同じ企業が採択される。平成15年程まではネットで資料が見られますから以前から同じパターンだったのでしょう。

研究現場の学会も現場研究員と研究者を語る政治家に大きく別れ、現場は無視されていますね。

研究現場の方とは技術指導で色々と話をしますが共通しているのが資金の問題。何処の天下り先を口説けば研究資金が出てくるか?研究内容よりも研究資金を確保するための作戦会議の方に重点が置かれる。

まるで砂漠の川のように金が必要な所に回らない仕組みが完成した所へサブプライムショックが来た感じで、会社は残っていても職人の腕や勘が鈍るのを恐れて委託研究に応募した中小企業も沢山あったようです。

天下り先の皆様方は是非とも切られ役になって現場を支援して頂かないと共倒れです。定年まで勤められる研究者でも新しいことに挑戦する意欲が萎縮しているのを強く感じます。

形を守ろうとするとエネルギーもなくなり、生物から無生物へ移行する時が来そうな気がします。

アングロサクソン流のチェアマンが成功のゴールだと言うエリートコースに乗った方々が目指して完成した世の中が今現在なのでしょう。

この幻想を打ち壊すのは横型の連携と必要な所に金を付ける投資銀行に成るのでしょうね。ライフスタイルを変えることで需要が生まれる。一例として里山中心のライフスタイルに変わったとしたら、砂に埋まったダムの取り壊しや獣道でも使えるトラックや草刈りロボット等々、今の技術で実現可能だが試作品もない物ばかりです。

普通のラジオで性能の良い物を捜していたら中国製が良いそうです。日本はアメリカの真似をして金融で生きて行くのでしょうか?(笑

産業構造の転換のためと称して設立したのが(株)産業革新機構です。今年度中に5100億の予算執行で来年度300億の予算要求をしておりますが、執行予算の内訳(分野と予算)を電話で聞いたら答えが返ってこない上にクレーマーの扱いをされています。
http://www.incj.co.jp/index.html

霞ヶ関に聞けと言われたこともありましたから聞いてみたら担当者も答えられません。この方は東大的優秀さでは現状打破が困難と認識されていて「すいません」と本音が漏れてきました。

精神的にも半年で何らかの明るい兆しが見えないと静かな世の中になるのでしょうね。静かだとエネルギーも消費しないのでCO2も30%程は楽に削減できるのかな?

悲観的に成らず明るい未来に向かって歩んで行くことが大切ですね。

投稿: kazu | 2009年10月26日 (月) 01時23分

 医学部医学祭で体内年齢、血管年齢を測定
私の体内年齢が25歳若く出てご満悦。機会を逃さず計ってみよう。仮説を立てて若返る実験をしよう。
 長寿村の疫学調査の成果を実践するだけで、ハイテク商品はいりません。体内年齢は初めて知り、これには長年の蓄積、ハイテクが必要でしょう。
実験にあたって実験材料を作る家庭の庭がほしい。日本もクラインガルテンとかダーチャとかを。
 漢字の家庭は人類の知恵。日本再生の基礎。

投稿: kunio | 2009年10月26日 (月) 17時36分

kazuさん、kunioさん、こんにちは。いつもありがとうございます。大企業でも来年度の見通しの立たないところがたくさんあります。研究も大きなテーマを国全体で決めないと難しいですね。官民ともに疲弊の極に達している状況です。新しいライフスタイルを作ることに国民的合意ができれば、お金や技術、人を集めることはそれほど難しくないでしょう。みんな何かしたくてうずうずしているわけですから。その合意形成は政治の仕事ですからね。私もNPO法人日本再生プログラム推進フォーラムのほうで少し後押しするつもりです。

kunioさん、すごいですね。健康に特別なことは必要ないようですね。これからの生き方を考える上で大切なことでしょう。

どうもありがとうございます。どうぞますますご活躍ください。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年10月26日 (月) 23時32分

最高の話(説法?変換で出たので)でした。漢字違うかな?   とにかく 感動 感動
気持ちが沈んだとき聞いてます。涙が出てしまいます。
先生は経済評論家という肩書きですが、
この話を聞くと もう哲学家ですね。

「人生とは神様が定めた道・・・止まったら駄目。前へ進め!」

これですね。


投稿: 赤羽 | 2009年11月15日 (日) 20時56分

赤羽さん、こんにちは。いつもありがとうございます。人生は思うようにいきません。でも、もっと大きな幸せが転のシナリオの中にあるのですね。ですから常に楽天的に生きることが何よりも大切だと思います。どうぞますますご活躍下さい。そして前進してください。ありがとうございます。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年11月15日 (日) 21時13分

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