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2009年7月 7日 (火)

藤原直哉の「21世紀はみんながリーダー」 2009年7月7日 自然に学ぶリーダーシップ

自然に学ぶリーダーシップ

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コメント

先生こんにちは 毎週楽しみに聞かせて頂いています。 有り難う御座います。
今日は七夕です。 
願いはたくさんありますが、叶えなければ面白味はありません。

どこかの本に、今はポジティブスィンキングではなく、ポジティブアクションをしなければならないと書いてあった覚えがあります。

今の時代、とても良い社会システムが出来上がっていると思います。 しかし、人々が歪んできてしまっているのでしょうか?

権利や権力があれば、誰しもが浸ってしまうと思います。  先生が言われる通り、すべてを明かす事や力の分散や監視がもっと必要だと思えてきました。

「虚像を守ろうとして地獄の底に寝そべっていてもしょうがない」ってウケました
ヽ(´▽`)/


〈共感・勇気・自然〉を読まさせて頂いています。 あの頃からすでに考え方が確立されていたのですね。 驚きました。 私は社会人ではなかったので当時の感覚はありませんが、荒れたバブル期だったと思います。 その中で流されず冷静な判断をされています。 少数の方だったと思います。 
欲って怖いですね。 暴走すると恐ろしい。 気付かなかった多くの人達。


マイケルジャクソンさんが亡くなりました。 ミュージックビデオを見てより悲しくなりました。 本物の天才だと思います。
JACKSON 5
http://www.youtube.com/watch?v=sVSYJXpD2_E
http://www.youtube.com/watch?v=lD2OsUcgb00
悲しい曲を奇麗に歌い上げているsun

垢抜けた陽気なアメリカの雰囲気が好きです。 自由と責任   
日本の様な奇怪な事件は、アメリカには少ないと思います。

アメリカの開かれた心、日本の安全、勤勉さ、緻密さ、中国の粘り強さ、ロシアの統治力、中東の忠誠心、ヨーロッパの感性を合わせた良い国ができればと思います。
それでも人間の社会なので厳しい監視は必要だと思います。
言うは易し、行うは難しですが・・・

有難う御座いました。

投稿: 儚 | 2009年7月 8日 (水) 00時46分

儚 さん、こんにちは。いつもありがとうございます。すばらしい書き込みをどうもありがとうございます。

昔のアメリカは本当に明るくてのん気で底抜けに陽気でしたね。今のアメリカと比べるとまったく別の国のようです。GMの全盛期のアメリカなんかそんな感じです。音楽や演劇もすっかり変わりましたね。こんな風に悪くは変わりたくないものだと思います。

マイケルも伝説を作って死ぬことができて、それは幸せだったでしょう。これだけの人に愛され続けるというのはそれはそれは辛くて大変だったと思います。楽屋の外と中は全然世界が違っていて、楽屋の外で応援してくれる人のイメージを作るために楽屋の中で準備する、だから楽屋の中は楽屋の外とは違うのですね。孤独を感じるのは楽屋の中なのです。楽屋の中、すなわち仕事の上で誰か彼の孤独を真剣に受け止めてくれる人はいなかったのでしょうかね。

共感・勇気・自然、ありがとうございます。これは本当に自分でも不思議な本でして、何となくパソコン上の指が動いて書いた本です。今読んでみても自分であぁそうだ、そうだと思うことばかりです。このときから私も何か天のシナリオのなかにいるのでしょうね。そうとしか説明のしようのない部分があります。

おっしゃるように新しい世界のチームワークを作って、新しい世界を拓かなければなりませんね。大変な仕事です。みんなで頑張っていきましょう。孤独に耐えながらね・・・。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年7月 8日 (水) 07時50分

先生、今日もありがたいお話、誠にありがとうございます。

時節には敵わないという言葉は非常に重いと思いました。例えば、犬や猫などの年齢を言う時、人間の4倍くらいの時間の早さを言うと思うのですが、これが例えば昆虫とかになるともっともっと時間のスピードは早いかも知れないと思った次第であります。細菌についてはそれより遥かに早いかもと。

一説には昆虫も人間も意識的な時間の長さと寿命の長さは変わらないかも知れないという説があったと思うのですが。

もしそういう考えがあるとしますと、
例えば、ハエをハエ叩きで叩き、死んでいくハエを見ておりますと思うのですが、のたうち廻っているハエは以外にも人間の時間でいう所の1年くらいに相当するのではないかと思うのであります。
ハエ叩きで叩かれて死にそうで、のたうち廻るハエの「しぶとさ」は人間の時間の何ヶ月にも何年にも相当するのかも知れないと思うのです。
そう考えますと確実に死を迎えるための最後の「あがき」は大変なもの、大変なエネルギーを使っているのだろうと思ってしまいます。

虚像を守るためだけの「最後のあがき」は相当のエネルギーが使われているのかも知れない。と思いました。

投稿: はろるど | 2009年7月 8日 (水) 16時53分

はろるどさん、こんにちは。いつもありがとうございます。とても鋭いご指摘をありがとうございます。ハエのお話、誠にそうですね。この世の本当の仕組みというのはわかっているようで実は全然わかっていないのかもしれませんね。与えられた天命をいかに生かしきるか、それが生きることの意味なのだと思います。どうぞ引続きご活躍下さい。ありがとうございます。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年7月 8日 (水) 23時24分

毎週、楽しみに視聴しております。
先生のおっしゃるとおり、「強さ」「たくましさ」には本物の”愛”がなくてはダメですね。
力づくで、自分たちさえよければ的な発想での社会行動ではもう回らない・立ち行かないということを権力組織・企業体は認めて今すぐにでも方向転換するべきですね。

お話しをうかがいながら、アル・ゴアの「地球の掟」の中にあった、シアトル酋長がフランクリン・ピアース大統領に対して1855年にいった言葉を思い出しました。
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空や土地を、何故、貴方方は売ったり買ったり出来るのですか。そういう考えは私達には奇妙に思えます。空気の新鮮さや水の輝きを所有していないのに、どうして買えるのですか。この大地の全てが私達にとっては神聖なものです。松の葉の輝く針の一本一本が、砂浜の砂粒の一粒一粒が、闇い森の霧のきらめきの一つ一つが牧草のざわめきのどれもが、羽音を立てて飛ぶ虫の一つ一つが。そのどれもが我が民の記憶と経験の中で神聖なものです。

 もし、この土地を私達から買い取るのであれば、そこにある空気は我々に大切なものであることを、空気は生命を支え、魂を育んでいるものであることを忘れないでください。我が祖先に最初の息をあたえた風は、その最後も引き取った風です。同じ風が私達の子孫に生命という魂を与えるのです。だからもし、なたがたにこの土地を売るなら、あなたがたはこの土地を特別に保護し、聖なる場所として、つまり牧場の花で甘いにおいに満ちた風をいつでも人々が味わうことの出来る場所として保存しなければなりません。

 あなたがたの子孫に、私達が自分の子孫に教えてきたことを教えていただけるでしょうか。つまり、地球は私達の母だということを。大地に落ちるものは大地の子供達にも落ちるのです。

 私達はよく知っています。大地が人間に属するのでなく、人間が大地に属することを。全てのものが人間みんなを結び付ける血のように結び付いているのです。人間が生命という織物を織ったのではなく、人間はその生命のなかの一本の糸にすぎないのです。人間がその織物に対してする事は実は自分に対してする事なのです。

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すみません、引用が長くなりました。
迫害され追い詰められているのに、自然に対する深い愛と強い平和への思いをこめての発言に素晴らしいと思うと同時に、本物がもつ言霊パワーは年月を経ても、人種が異なろうが心を打つものですね。

天に唾すれば、ですし、自分も精進して日々過ごしてまいります。

次回のお話も楽しみにいたしております。

投稿: よいしょどっこいしょ | 2009年7月10日 (金) 01時21分

よいしょどっこいしょ さん、こんにちは。いつもありがとうございます。今日は貴重なお話をどうもありがとうございます。心が洗われますね。

米大陸の原住民と縄文人は同じだという説もあります。昔の人達のレベルの高さに我々も大きく学ばねばなりませんね。ありがとうございます。

どうぞ引き続きご活躍ください。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年7月10日 (金) 06時18分

30数年前に身じかに起きた出来ごと、「赤松が枯れる」中国地方の南側にはじまったこの事態に危機感をおぼえて私の思いは山間地に向きました
今居る所はまさに中国山地の背中です
昨年、今年と松枯れが猛烈な勢いで進んでいます。私は松を燃料にする陶芸かです。いよいよ最後の秋がきたようにおもいます
自分のことはさておき、松は日本人に多くの恵みを与え、私たちの祖先はこの恵みにこたえすばらしい文化を築いてきました。
しかし今終焉を迎えようとしています。改めて想うことは伝統です。テレビ等で面白おかしく骨董品をとりあげてうけているようです。またNHK,三越などでまがいもの曜変天目を評価していたり、と何が大切であるかの本質を問わない今の日本人、松のように日本民族も終焉をむかえているのかな 舞台ががらりと変わって新しい時代を築き上げることが急務ですね。いままでの自然を踏みにじって私欲の固まりの権威権力の崩壊が一日も早くくることを、そのために藤原さんがんばってください


投稿: 杉原大路 | 2009年7月10日 (金) 07時32分

杉原大路さん、こんにちは。いつもありがとうございます。本当におっしゃるとおりですね。根本的な世の立替え、立直しをすべきときなのだと思います。何が価値あるものかというのは一種の社会の洗脳、文明の洗脳ですからね。世の中の雰囲気を一転させればがらっと変わるのだろうとは思っています。今までは金と権力に欲の深い人でないと世の中のリーダーになれないという時代でした。でもそういうリーダーが次々に去っていく様子は、まさに天のシナリオだと思います。連中が表に出てきて幅を利かせ、そして突然整理されることで、世の中のある種の掃除がなされたのだろうと思っています。松は数多くの木のなかでも最も荒地に強いと聞いています。きっと新しい日本が荒地から蘇るときに、松も復活してくるのだろうと思います。どうぞ引き続きご活躍ください。私も精進したいと思います。ありがとうございます。
藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年7月10日 (金) 08時30分

藤原先生こんにちは、いつもありがとうございます。

自然との協調。人間は退化している。
全くおっしゃるとおりですね。
何故退化するのか、という一つの仮定にこんな考えもあるのかなと思います。

人間は本能の壊れた(或いは未熟で産まれ出てくる)動物であるから、生まれ出た瞬間より長期的に保護をしてくれる者を必要として、その間にいろいろな人から様々に刷り込みをされ、個性という名の質(たち)の根本を形成する事となるのだと。
母親の乳を自ら求めて、生存のための自律的なプログラムが他の動物と違って、抜け落ちている事を本能が壊れているという根拠であると思えます。
プログラムとはROM、遺伝的にそもそも備わっているべき命令系統が不完全であるから、人間は文化・文明をこしらえ、それを杖としてやっと立ち、何とか歩行できる生き物と捉え、唯幻論というものを前提に個人と集団の心理の解析を試みた精神分析学者と、マルチな才能を発揮されるもお亡くなりになられた、伊丹十三氏の影響を30歳頃から受けております。
この理論は、なんかシックリくるんです。

動物と違い、ただ生きるという事に人間は満足しませんから、楽しみを考案するというのは文化を発展させる行為ですね。(追求すると倒錯のフェティシズムになるのですが)
文明は、文化をより生みだし易くするための便利な機器等を創出しますが、暴走すればボタン一つで相手を見ずに人類を全滅させうる兵器をも生み出します。
倒錯の危険は人間一人一人に備わっていますね。

先生のおっしゃるように、台風の発生から暴風でもって広い範囲を駆けめぐり、やがて温帯低気圧に戻るというサイクルも、人間にあてはめれば、これからは原点回帰というのが理解できます。
様々な可能性を散々試してみたけれど、やっぱり文明の利器はそれ程必要がなかったんだと。米野菜はみんなで作り、飯はカマドで炊いて大勢で食い、焚き火をしながらドブロク飲んで、明日の天気を想いながら一日の労働を労う。BGMは虫の声や動物の気配。エンヤのウォーターマークも最高ですね♪
就寝さえ幸せに感じるはずなんだよな〜。

生活に係わる限られた文明の発展は必要だと思いますが、それも人間同士のコミュニケーションの時間を増やす事を阻害するものでは本末転倒ですね。
それじゃ火は起こらないんだよ、なんて子供に教えながら一杯、なんて、、、
いいですね。

投稿: 奥野彰久 | 2009年7月10日 (金) 10時24分

 ロハス成功の為に 
深く検討しないと自然もなかなか怖い。シュウ酸含量表(ネットで検索 必ず)を見て相応のカルシュウムをとらないと結石なんてことに。カルシウムが十分ならシュウ酸カルシウムと成って吸収されない。(ためしてガッテン)
日本人カルシウム不足と言われているので有色葉野菜の活用に当たって注意してください。バランス良く食べて完璧な快便に成るまで有色葉野菜を増やすのが良さそうです。
   エゴマ雑感
1 鳥の餌に輸入されていますが燻蒸しないと検疫が通  らない
2 身近な所にシソが生えていて交雑しやすい。エゴマ  の種が雨で流出して野生化すれば交雑の原因と成   る。
3 人の居る所にスズメ居り。スズメの天敵になる野鳥  の居る所は?
4 歴史が有るので経験者に
5 実証試験しなくても多様化の点で有望 

投稿: kunio | 2009年7月10日 (金) 13時57分

奥野彰久さま、こんにちは。いつもありがとうございます。今日もよい勉強をさせていただき、ありがとうございます。人のお話、確かにそうですね。人の本質がよくわかります。文明というのも所詮は幻想なのだと思います。もう一度、人は原点から未来を考え直すときなのでしょう。どうぞこれからもまたいろいろと教えてください。ありがとうございます。

Kunioさん、こんにちは。いつもありがとうございます。エゴマ、いいですね。参考にさせていただきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

ちなみに、昨日は名古屋、今日は水戸に来ています。各地の藤原塾のみなさんと交流を深めています。元気な人達の横のつながりが未来を創りますね。この放送局でもお顔は見えませんが、心の交流が進んでいますね。すばらしいことだと思います。どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。明日は新橋で特別講演会です。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年7月10日 (金) 23時37分

 最近、あらゆるものが「デジタル的」に感じられるようになったのは、私だけでしょうか。

 たとえば、格差は言うに及ばないでしょう。金銭の面による「勝ち組負け組」の二極化。これは多くの人が否定できない現実であります。

 ですが、それに加えて気になるのが気象変動です。

 最近、よく地球温暖化などと騒がれますが、実際には「気候の格差化、極端化」が世界各地で進行しているような気がいたします。

 つまり、暑い時にはやたら蒸し暑く、かと思えば、寒くなったと思ったら極端に寒くなる。雨の降り方も、降ったと思えばものすごい土砂降りで、かと思えば突然ピタッと降らなくなる。

 降るときには一度に一気に、降らないときには全く降らない。暑い時には極端に(しかもその温度は半端ではないくらい)暑く、寒い時には容赦なく寒い。

 確かに日本だけを見ても四季がありますが、それでも私が幼いころは、ある程度変化もなだらかだったような気がいたします。雪国ですので、確かに降雪量は多いものの、一気に降ってそのあと止んでというような、極端なものではありませんでした。夏にしたって、今までは梅雨を通してじわじわと暑くなるのですが、最近の気候を見ていると、前日との日格差が以前とは格段に違う気がします。昨日が暑いのに今日は極端に温度が下がるとか。

 西洋合理主義の行きつくところは、あらゆるものの「デジタル化」だとは思っておりましたが、どうも自然界の変動具合も、だんだん極端から極端になってきているような気がしてなりません。0か1かでしか、あるいはイエスかノーかでしか判断できない人間や、その中間にあるものを理解できない人間の増加も著しく、これも現代病の一種なのかとあきらめざるを得ないのでしょうか。

 腹の立つことですが、ゴールドマン・サックスは不況をしり目に絶好調のようですね。まあ、いずれ歴史が裁きを下すことでしょうが。

投稿: +9 | 2009年7月15日 (水) 18時02分

+9さん、こんにちは。いつもありがとうございます。まことにおっしゃるとおりと思います。世の中がきわまると自然もきわまりますね。西洋合理主義ももう限界ですね。どうも最近それを強く感じていまして、英米だけでなく、これは欧州大陸も終りかなと実感することが増えてきました。これは相当な衝撃が日本を含めて世界を襲うことになります。我々も日本の文化の原点に立ち返らなければなりません。頑張っていきましょう。それにしても、大変ですね。どうぞ引き続きご活躍ください。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2009年7月15日 (水) 23時07分

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