藤原直哉の「21世紀はみんながリーダー」 2008年11月4日 想念と現実の間
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コメント
こんにちは
ラジオを聞き始めて1ヶ月程ですが、素晴らしいの一言です。
多分野の知識や発想、それをまた上手く言葉にして解説できるところが羨ましいです。
想念という言葉を初めて知りました。
今は、人の感覚や感情を、年と共に薄れ歪めてしまう社会だと思います。
昔から、何で将来を担う子供達の小中学校が薄汚く、ボロの校舎なのか疑問を持っていました。大人達が、子供達に発想や希望を与える価値に気づいていない為なのでしょう。
正直に素直に感覚を育て上げる事が大切だと思います。
個人的な経験ですが、子供の時クリスマスプレゼントを貰いました。 親はサンタクロースがくれたと言いました。 親がプレセントを用意した事を知った時、大変ショックでした。ウソを吐かれていたからです。 「一度もウソを吐かなかったキリストの記念日に何でそろいもそろってみんなで嘘を吐くのだろう」と疑問でした。
人の技術は大変高いところまできました。
精神的にも見直されようとしています。
より良い世界が無事に訪れればと願ってやみません。
貴重なメッセージ有難うございました。
毎週楽しみにしています。
お体に気をつけてください。
投稿: YY | 2008年11月 4日 (火) 23時27分
YYさん、こんにちは。いつもありがとうございます。
世の中は既に基盤の部分で大きく動いていたのですね。それが現実との矛盾に耐え切れなくなり、現実が一気に崩壊し始めた、それが今の姿なのだと思います。
目に見えないものと目に見えるものの間に本質的な差はない、それを人々が科学の常識として受け入れたとき、すごい世の中が始まるのだと思います。
YYさんもどうぞ引続きお元気にお過ごし下さい。
藤原直哉 拝
投稿: 藤原直哉 | 2008年11月 5日 (水) 07時31分
藤原さん、毎週楽しみに拝聴してます。
今の世の中は、まさに崩れ行く現実界を見ている感じなのでしょうか。
金融世界の崩壊などは「人類のネガティブ想念」が創り出した結末そのものといった感じです。一部の人間が巧妙に築いた物質界繁栄の永遠なるシナリオなど、ちょっと冷静に考えればこれほどうさんくさいものはありませんよね、ホント。
投稿: Hide | 2008年11月 5日 (水) 18時24分
いずれ、唯物論の綻びは、資本主義、社会主義だけでなく、科学の世界にも波及するでしょう。なぜなら、今の科学は「外部視点」でしかものを語っていないからです。
「外部視点」とは、要するに自分がとある観察対象に対して、高みに立った立場から客観的に観察を行うというわけですから、これで動植物や無生物など、我々よりも知能が劣る、あるいは心がない存在の性質を記述するのには適しております。
要するに、自分よりも能力や知能が劣っているものを記述するのにはこの視点でも十分なのかもしれませんが、我々に今求められているのは「内部視点」でしょう。
外見さえ美しければ、人よりも能力さえあれば、自分達に富をもたらしてくれるのであれば、人格的に問題があっても「成功者」というのが20世紀型社会だったと思います。朝青龍しかり、ホリエモンしかり、亀田兄弟しかり。しかし、今人々が求めているのは、精神性と安寧秩序でしょう。そこに要求されるのは「内面」であり、ただ客観的な美しさや他人よりも秀でた能力ばかりではないはずです。もちろんそういったものをことごとく否定するつもりはありませんが、それが強調されすぎた現代社会は、今や転換期に立たされているのではないか、そんな気がいたします。
投稿: +9 | 2008年11月 5日 (水) 20時20分
Hideさん、+9さん、こんにちは。いつもありがとうございます。まことにおっしゃるとおりと思います。
何かが急速に、いま、変わりつつあります。その変化は形の上によく現れていますが、実際には想念の世界の変化であり、我々の生き方に「進化」を迫るものです。ここで進化できるか否か、太古の昔から、ちょうど今頃の時期にこういうことが起きるよと預言されていたわけですが、ふと気がつくとその預言どおりのことが起きているのですね。圧倒されるような歴史の「意思」を感じます。
どうぞみなさん引続きお元気にお過ごし下さい。
いつもありがとうございます。
藤原直哉 拝
投稿: 藤原直哉 | 2008年11月 6日 (木) 07時30分
こんにちは藤原様。
今回は難しい話ですね。本当は単純な話なのですが(笑)
見える世界だけを追いかける企業は長続きしない。と言う事は銀行などは終わりと言う事なのでしょうか?与信は経済規模を拡大させますが無限に拡大が出来ないのが、この世の宿命。
金融に関しては、「金がない善人が豊かに暮らせるには、具体的にどうしたらよいか」を考えなくては成らないと言う事ですね。
科学の世界は今後も進歩する事は間違いないのですが今のような細分化して分析する手法は限界を向かえています。医者で言うなら漢方医が必要な時代ではないでしょうか?科学なんて凄い進歩をしていると思っていますが自然現象の1割も解っていないのが現状ではないでしょうか?
仕事でも各分野の部品なり人なりを集めても必ず隙間が出来ます。その隙間を上手に埋める人材は目に見えない仕事、稼ぎと直結しない仕事をしているのですが今までは評価されていません。
自分は何も得意な事が無いと思っていても隙間を無意識に埋める役を与えられ生かされている。と感じられれば悲観も楽観もすることなく金が無くとも将来は明るいですよ(笑)
それと「天の意志」と言うような事を考えると21世紀は人類が奴隷という考えを捨て共生を重んじる縄文時代のような感覚に戻るような気がします。
藤原さんの話は時々振起して一件関連がないような事が在るのですが、自然界では振起すると光を放ちます。この光がレーザー光なのですね。
これからも光を放つ話を楽しみにしています。
投稿: kazu | 2008年11月 9日 (日) 13時07分
はじめまして、このネットラジオが始まった頃から聞いております。
藤原さんのことは同時多発テロの前からNHKの「ビジネス展望」で存じておりまして他のコメンテーターとちょっと変わった視点でのコメントに「何かが違う」とぼんやり感じておりました。そしてあのテロの後の藤原さんの回で「報復からは何も生まれない」という意見を聞きなんとなく「この人の言っている事が一番自分にしっくりくるなあ」と感じました。
その後このラジオを知る事になるのですが、電波の放送と違い時間がたくさん取れるのといろんなしがらみから開放されているので、ほぼ言いたい放題に近い(笑)放送が痛快です。
ぼくも都会で長年暮らしていましたが去年から過疎の山村に移住しました。このことを書き出すと長くなるのでこれまでにしときます(笑)。
ではこれからも楽しい(?)放送を楽しみにしています。
投稿: きちえもん | 2008年11月10日 (月) 11時58分
kazuさん、きちえもんさん、こんにちは。いつもありがとうございます。
大変な時代ですがおもしろい時代ですね。パラダイムが変わるときというのは今までの常識が通用しなくなるときです。先週末から第4回遠山藤原学校をやっておりました。南信州の遠山郷で、この混乱の先にある世界をみなさんに実感してもらっていたところです。来年のキーワードは「解」。今までの束縛からいろいろなものが解放されるときだと思います。それは同時に自ら動いて新しい秩序を創っていかなければならない時代でもあります。どうぞ引き続きご活躍ください。
いつもありがとうございます。
藤原直哉 拝
投稿: 藤原直哉 | 2008年11月10日 (月) 16時29分
そのうち、「金融バブル」だけではなく、「理性バブル」もはじける日が来るのではないかと思っております。
最近のスピリチュアルブームに対して、名だたる(笑)懐疑論者たち、科学者たちが警鐘を鳴らしているようですが、私からみれば、「あんたらが合理主義ばかり説いていると、そのうち理性バブルもはじけるよ」と言いたくなるような始末です。
そのスピリチュアルブームにしたって、もともとの根源は、彼ら懐疑論者や科学者たちが、たとえば「我々はどこから来てどこへ行くのか」といった問いに答えてこず(答えられず)、あるいはそういった疑問に対して考えるな!とどちらかといえば、思考停止するような姿勢を貫いてきたことに対する反動でしょう。自分達が答えられないし、少なくとも、現在の科学での延長上には、その答えが見えてこないことは、彼ら自身よく理解しているからです。もしかしたら、自らの理性が崩壊するのを恐れて、こういった根本的な問いに対して、周囲にすら思考停止を促しているのかも知れません。
したがって、彼らはそういった思考停止を正当化するために、「人間というのはいろいろなものに理由を求めたがる、原因を探したがる」というようなわかったような心理学論を持ち出して、暗に周囲に思考停止を促すわけです。要するに、そういったことについては答えは出ないから、考えるなと。
それに対してある程度の解答を与えてくれたのが、オウム真理教なりパナウェーブといった連中だったのでしょう。だからオカルトに走る人間が出てくる。こういった団体に、医者や弁護士、科学系出身者といった連中が多くいたのも、根源的な問いに対し思考停止を促そうとする者たちへの反発もあったのではないでしょうか。オカルトは、たとえ間違っているにしろ、ある程度はこういった問いかけに対する答えを用意してくれたでしょうから。
たとえば、もともとは心理学者で、のちに超心理学の研究を肯定するようになった中村雅彦教授は、オウム真理教などの暴走は、行き過ぎた理性主義に対する一種の反動のようなものではないかと分析しているようです。となれば、むしろ過度の理性を要求する彼らにもまた、これらの事件の責任の一端はあるのではないかと思います。
結局、こういった問いかけからは逃げ続け、その一方で極端な理性主義を叫び続けてきたツケがまわって来たのでしょう。しかし、もはや我々が何者で、どこから来てどこへ行くかを考える時期に来ているのではないでしょうか。もう逃げ続けることはできないのです。いずれにしろ、現在の唯物論科学には、決してこの問いに対する明確な答えを出せないという点では、おそらく懐疑論者や科学者たちも否定できないと思います。だが、その問いは、心理学などで逃げ続ける時期はもう終わったということです。
金融バブルがはじけ、拝金主義がまやかしに過ぎないことを人々は悟った。だからこそ、自分達をもう一度見直してみようという動きが出ることは当然の帰結です。確かにこういったものにオカルト団体が便乗してくることもあるでしょうが、それをスピリチュアルブームと一緒くたに論じられては……。
そのうち「理性バブル」がはじけ飛び、藤原先生が「グレイトコラボレーション」の中でおっしゃっている「理性の相対化」が進行するのではないかと思います。
投稿: +9 | 2008年11月21日 (金) 21時24分
+9さん、こんにちは。いつもありがとうございます。
理性バブル、そのとおりだと思います。大体世の中見ていても、理性だとか論理だとか理屈にこだわる人って、地あたまの悪い人です。地あたまの良い人は理性の前に勘とか複雑性が思い浮かびます。おもしろい時代になりました。どうぞ引き続きご活躍ください。
藤原直哉 拝
投稿: 藤原直哉 | 2008年11月22日 (土) 22時50分