« 藤原事務所のロハスでゆかいな仲間たち 2007年11月30日 荒井茂樹、岸端健太、石井琢磨 遠山郷霜月祭り特別氏子になる | トップページ | 藤原直哉の「21世紀はみんながリーダー」 2007年12月4日 長老のリーダーシップ »

2007年12月 4日 (火)

藤原直哉の「日本と世界にひとこと」 2007年12月4日 資源・商品バブルの行方

資源・商品バブルの行方  「071204.mp3」をダウンロード

|

« 藤原事務所のロハスでゆかいな仲間たち 2007年11月30日 荒井茂樹、岸端健太、石井琢磨 遠山郷霜月祭り特別氏子になる | トップページ | 藤原直哉の「21世紀はみんながリーダー」 2007年12月4日 長老のリーダーシップ »

コメント

yupon@azumino
この資源・商品バブルの崩壊というのは本当にコワい話ですね。
私も今度の社会システムの崩壊を生き抜くために少なからず具体的な準備を進めていますが、
それでもはたしてどこまで通用するか、不安と焦燥に駆られます。
 江戸期の飢饉の時にも、領民の生活の保全を考えた英明な殿様がいた藩は比較的被害が少なかったそうですが、政治家の質の低下と人心の荒廃がここまで進んでくると、いったん流通経路が破綻したらどれだけの惨事になるか!?

私がやっている具体的な準備についてちょっと書いてみます。
私は年齢は藤原先生とほぼ同じです。大阪市生まれ育ちで18歳までいました。以後札幌で学生時代をすごし卒業後数年の東京・大阪でのフリーター時代を経て、27歳のときに都市生活に危機感を抱いて長野県の山間部に移住、移住直後にこれまた都会育ちの女性と結婚、二人三脚で細々と自営業の仕事をやりつつ3人の子供を育てています。
移住した長野県の山間部の村には20年暮らして、いろいろな地域の役もこなして、地域の中に溶け込んで暮らしてきたつもりですが、(例えば消防団の分団長とかPTA会長とか氏子総代なんかもやりましたし、お囃子だってやりましたよ。)結局その地区から(後ろ髪をひかれつつ)離れました。子供の通学問題もあったし、山間部であるが故にどうしてもコメが作れない。コメを作りたくて一昨年麓の町に移りすみました。
自宅は家族の力を合わせてセルフビルドで建て、現在は借りた田んぼですが、7畝(200坪)の田んぼと、200坪ほどの畑を自然農法でやっています。

農はあくまでも自給を目的に自然農(①なるべく、耕さない=不耕起 ②雑草・虫を敵とみなして取り去らない ③化学肥料・農薬は一切使わない+なるべく化石燃料も使わない)を実践しています。コメ作りはまだまだ駆け出しで自給にはほど遠いですが、野菜は年間通して50種以上を作りこなして、ほぼ買わずに暮らせるようになってきたところです。苗もなるべく種から育てており、ホームセンターからポット苗を買ったりはしません。
農分野での来年以後の我が家の大きなテーマは、穀物と油脂の自給です。これができないと自給とは言えませんから。我が家の農もまだまだ発展途上です。

これまでの経験からいうと、一人の人間が穀物まで含めて自給するためには、最低100坪の土地を有機的に作りこなす必要があると思います。つまり5人家族なら500坪。これが現実です。食料不足に備えて都会でプランター園芸というのは、話的にはロハスで良いのですが、現実の問題解決にはなりません。逆にいえば、気づいた人から早く都会を脱出して100坪×家族の人数、の耕地を確保しそれを作りこなす技を身に着ければ、そういう人が一人でも増えることで社会全体の大規模崩壊が少しでも軟着陸にむかうと思います。
 また、その農についても「なるべく化石燃料を使わず」に作る方法を早急に確立しないと、大規模な石油供給危機(供給不足+円の暴落による石油の高騰)が起きたときに、既存の慣行農法では生産が止まる可能性が大きいです。トラクター・田植え機・稲刈り機なしでコメが作れるひとがこの国にどれだけいるでしょう?
昔みたいな「結」による手植えの田植え・稲刈りの技術は滅びてしまいました。

住については、太陽熱を取り込む工夫をした建築と断熱および薪ストーブのおかげで、暖房用に灯油は一切使わずに暖かく暮らせていますので灯油代の高騰は生活に直接影響ありませんが、将来プロパンガスと電気の供給不安および価格高騰に備えて、来年あたりから「薪・炭で調理できる台所」を作ろうと思ってます。
(薪の備蓄も進めています。)
また全電力消費をまかなうだけの太陽電池システムを買う資金がないのですが、数多くの電気工具やら電化製品の一部だけでも「晴れた日には使える」ように、手遅れにならないうちに太陽電池パネルを少し設置したいと思ってます。

田舎暮らしは自動車がかかせませんね。ガソリンが買えないほど高騰したら・・・せいぜいノンパンクタイヤの「自転車」と「リヤカー」でも準備しておく・・・くらいしか打つ手がありませんな。

現金収入については今のところ20年続けている自営の仕事をなんとかやっていますが、大きな経済恐慌がきたら、仕事はほぼなくなるだろうと覚悟しつつ、今ある仕事をありがたくやらしていただいています。まさに昨日までの実力で今日のメシをまかなう」状態ですね。

と、こんな感じで暮らしているのですが、今回の藤原先生の番組を聴きまして、「こりゃ、ちょっとやそっとの対策じゃ乗り切れないな」と気持ちを新たにしているところです。ましてやゴールドまでが半値八掛け二割引きになるとすれば・・・ああ、おそろしや! 
まあ、気持ちを明るく暖かいほうに向けて地道にやるしかありませんな。

機会がありましたら遠山郷にも出向いてみたいですね。今後ともがんばってください。長文失礼しました。

投稿: yupon@azumino | 2007年12月 7日 (金) 11時12分

yupon@azumino

なんだかうまく入力できなかったので再投稿します。ごめんなさい。

この資源・商品バブルの崩壊というのは本当にコワい話ですね。
私も今度の社会システムの崩壊を生き抜くために少なからず具体的な準備を進めていますが、それでもはたしてどこまで通用するか、不安と焦燥に駆られます。
 江戸期の飢饉の時にも、領民の生活の保全を考えた英明な殿様がいた藩は比較的被害が少なかったそうですが、政治家の質の低下と人心の荒廃がここまで進んでくると、いったん流通経路が破綻したらどれだけの惨事になるか!?

私がやっている具体的な準備についてちょっと書いてみます。私は年齢は藤原先生とほぼ同じです。大阪市生まれ育ちで18歳までいました。以後札幌で学生時代をすごし卒業後数年の東京・大阪でのフリーター時代を経て、27歳のときに都市生活に危機感を抱いて長野県の山間部に移住、移住直後にこれまた都会育ちの女性と結婚、二人三脚で細々と自営業の仕事をやりつつ3人の子供を育てています。
移住した長野県の山間部の村には20年暮らして、いろいろな地域の役もこなして、地域の中に溶け込んで暮
らしてきたつもりですが、(例えば消防団の分団長とかPTA会長とか氏子総代なんかもやりましたし、お囃子だってやりましたよ。)結局その地区から(後ろ髪をひかれつつ)離れました。子供の通学問題もあったし、山間部であるが故にどうしてもコメが作れない。コメを作りたくて一昨年麓の町に移りすみました。
自宅は家族の力を合わせてセルフビルドで建て、現在は借りた田んぼですが、7畝(200坪)の田んぼと、200坪ほどの畑を自然農法でやっています。

農はあくまでも自給を目的に自然農(①なるべく、耕さない=不耕起 ②雑草・虫を敵とみなして取り去らない ③化学肥料・農薬は一切使わない+なるべく化石燃料も使わない)を実践しています。コメ作りはまだまだ駆け出しで自給にはほど遠いですが、野菜は年間通して50種以上を作りこなして、ほぼ買わずに暮らせるようになってきたところです。苗もなるべく種から育てており、ホームセンターからポット苗を買ったりはしません。
農分野での来年以後の我が家の大きなテーマは、穀物と油脂の自給です。これができないと自給とは言えませんから。我が家の農もまだまだ発展途上です。

これまでの経験からいうと、一人の人間が穀物まで含めて自給するためには、最低100坪の土地を有機的に作りこなす必要があると思います。つまり5人家族なら500坪。これが現実です。食料不足に備えて都会でプランター園芸というのは、話的にはロハスで良いのですが、現実の問題解決にはなりません。逆にいえば、気づいた人から早く都会を脱出して100坪×家族の人数、の耕地を確保しそれを作りこなす技を身に着ければ、そういう人が一人でも増えることで社会全体の大規模崩壊が少しでも軟着陸にむかうと思います。
 また、その農についても「なるべく化石燃料を使わず」に作る方法を早急に確立しないと、大規模な石油供給危機(供給不足+円の暴落による石油の高騰)が起きたときに、既存の慣行農法では生産が止まる可能性が大きいです。トラクター・田植え機・稲刈り機なしでコメが作れるひとがこの国にどれだけいるでしょう?
昔みたいな「結」による手植えの田植え・稲刈りの技術は滅びてしまいました。

住については、太陽熱を取り込む工夫をした建築と断熱および薪ストーブのおかげで、暖房用に灯油は一切使わずに暖かく暮らせていますので灯油代の高騰は生活に直接影響ありませんが、将来プロパンガスと電気の供給不安および価格高騰に備えて、来年あたりから「薪・炭で調理できる台所」を作ろうと思ってます。
(薪の備蓄も進めています。)
また全電力消費をまかなうだけの太陽電池システムを買う資金がないのですが、数多くの電気工具やら電化製品の一部だけでも「晴れた日には使える」ように、手遅れにならないうちに太陽電池パネルを少し設置したいと思ってます。

田舎暮らしは自動車がかかせませんね。ガソリンが買えないほど高騰したら・・・せいぜいノンパンクタイヤの「自転車」と「リヤカー」でも準備しておく・・・くらいしか打つ手がありませんな。

現金収入については今のところ20年続けている自営の仕事をなんとかやっていますが、大きな経済恐慌がきたら、仕事はほぼなくなるだろうと覚悟しつつ、今ある仕事をありがたくやらしていただいています。まさに「昨日までの実力で今日のメシをまかなう」状態ですね。

と、こんな感じで暮らしているのですが、今回の藤原先生の番組を聴きまして、「こりゃ、ちょっとやそっとの対策じゃ乗り切れないな」と気持ちを新たにしているところです。ましてやゴールドまでが半値八掛け二割引きになるとすれば・・・ああ、おそろしや! 
まあ、気持ちを明るく暖かいほうに向けて地道にやるしかありませんな。

機会がありましたら遠山郷にも出向いてみたいですね。今後ともがんばってください。長文失礼しました。

投稿: yupon@azumino | 2007年12月 7日 (金) 11時44分

yupon@azumino さん、こんにちは。いつもありがとうございます。大変貴重なご体験のお話しをどうもありがとうございます。本当にいろいろと取り組んでおられるのですね。

大丈夫ですよ。そのときなれば何とでもやりようがあります。今までの時代に雛形のような体験をたくさん積んでさえおけば、そのときになればみんなで助け合いながら、いかようにでもなると思います。むしろ困難をチャンスととらえて、より持続可能性の高い時代への転換を図っていくことができればと思っております。そのときに腰が抜けるか足が前に出るか、その違いがポイントだと思っております。

どうぞお時間のあるときに遠山郷へお出で下さい。長野県内では一番暖かい場所です。お目にかかれますことを楽しみにしております。

投稿: 藤原直哉 | 2007年12月 7日 (金) 15時27分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 藤原事務所のロハスでゆかいな仲間たち 2007年11月30日 荒井茂樹、岸端健太、石井琢磨 遠山郷霜月祭り特別氏子になる | トップページ | 藤原直哉の「21世紀はみんながリーダー」 2007年12月4日 長老のリーダーシップ »