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2006年3月 3日 (金)

藤原直哉の「光を見失った君へ」 2006年3月3日 人は何のために生きているのか

人は何のために生きているのか  「hikari1.mp3」をダウンロード

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コメント

藤原先生こんにちは。
私は工業系零細職に勤めております。
就職してから約10年がたちました。
コンピュータの劇的な発達で昔と工法ががらりと変わり、下積みがあまり無いままブラックボックスの中で仕事してきました。最近、なんとか作業を体系化して他者とイメージを共有できるようになってきたのですが、その途端に仕事が激減してしまいました。海外の技術移転が進み、なにか特色がないとまずいだろうなあとは思っていましたが。
今となっては付け焼刃ではどうにもならず、自信もって出来る事を明確にして、うまいこと仕事がとれたら確実にやるだけの状態です。
仕事に右往左往して人間の感情もそれに支配されて不安定そのものの人生だったので、どこかにしっかりと根っこをはって生きたいと切に願っております。藤原先生のインターネットラジオはとても癒され勇気が出ます。
量子力学のお話で、科学と宗教という遠いもの同士が同じことを表していることがわかり、よく考えてみると、どの事象も同じ雛形で動いていることが説明でき驚嘆しました。
そして、世界にひとつだけの花のお話を聞いて、自分の居場所を試行錯誤して探す動機付けをすることができました。前よりはすこし心に余裕ができたと思います。すくなくとも孤独ではなくなりました。もうちょっと試行錯誤してみようとおもいます。
あと、預言のお話もよく出てきたので、自分なりに黙示録なり神示なり死後体験なり研究してみました。(以前はこういうものは胡散臭そうで、毛嫌いしていました。藤原先生も預言者になるために若物達を無理に『歴史の彼岸』の私小説にあてはめ連れ回しているのではないかと疑っていた事がありました。)これら預言は「人」と出てくるところを、そのまま受け取っていい場合と悪い場合があるのではないかと思います。人の死を法人の死とおきかえるとわかりやすいと先生がおっしゃっていた事をあてはめてみました。核戦争っぽい下りは、強大な衝撃がはしるイメージ(連鎖的、分裂的)、人類滅亡っぽい表現も、自分の頭で考えないでシステム枠内で同じ事を繰り返して生きる人を人間の数にカウントしなければ、すでにほとんど絶滅しているのではないしょうか。恐ろしいほどよく当たっています。神一厘の仕組みはアメリカがこけた今まさにその時かもしれません。後追い考察ばかりなのでよくわかりませんが。(もしかしたら野村證券かな?)
なんだか気分的ですが明るい未来が見えてきました。
私の夢は自分の村の青年団や町内会を活性化して年間通して遊びながら学べる地域にすることです。作物も日替わり当番制で作り、自分達でまず食べて(毒見して)販売すると独自ブランドとして面白いかなと思います。モデル地区になって寄付もしてもらえないかなと思います。いい人材も育って社会貢献できるとふんでいます。
先生のインターネット放送がとても養分になっております。ありがとうございます。

投稿: 中山 | 2008年9月24日 (水) 17時08分

中山さん、こんにちは。いつもありがとうございます。いろいろとご苦労され、試行錯誤されておられるのですね。非常に重い時代の扉ですが、無理に押し開けるのではなく、自分自身の発想が明るく温かくなると、これが自然に開いてしまうから不思議です。21世紀というのは20世紀とは大分違う時代になりそうです。

そして預言のことで面白いのは、預言はだいたい今の時代で終わりなのです。ここで大転換をするところまでで預言は終わりで、そこから先、たとえば22世紀はこうなるとか、37世紀にこうなるとか、そういう話は滅多に見たことがありません。ということは、ここから先は預言が不要な時代なのでしょう。よほど安定する時代になるということなのではないでしょうか。

ですからまさに今のこの局面が一番大変な局面であり、ここで21世紀人になることができれば、それでその先はOKなのだと思います。今の混乱はみんなが21世紀人になるための試練のときであり、同時に最後の審判の時なのでしょう。そう、表現するのが今の状況を一番よく表しているように思います。

この山を越したらおっしゃるように豊かに暮らせる時代が来ると思います。少しでもいいからその片鱗をうかがわせる生活をご自身でしてみても決して早すぎることはありませんし、21世紀の雰囲気を感じることができると思います。

いろいろ大変なことが多いと思いますが、どうぞお元気にご活躍下さい。

おたよりありがとうございました。

藤原直哉 拝

投稿: 藤原直哉 | 2008年9月25日 (木) 07時56分

少しでも21世紀の片鱗をうかがわせる生活をしてみることですか。

そうですねえ。
破局のイメージが強烈すぎて、大上段に構えすぎでした。肩に力が入りすぎていました。
預言とか考え出すと、結構はまってしまうんですよね。大事な局面の時間がもったいないので、ほどほどにしておいたほうがよさそうです。
ありがとうございます。

投稿: 中山 | 2008年9月25日 (木) 17時51分

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